2016/11/26

平和のための奉仕


以下のスピーチは2001年7月1日に、顕進様が世界講演ツアーで日本に来られた時に「平和のための奉仕」というテーマで話された基調講演です。今は絶版となった「心情文化の主人」の本に出ています。

2001年顕進様世界講演ツアー基調講演
平和のための奉仕: 理想的な若者と家庭の新しいパラダイム、2001年7 月8日 日本・東京

 世界平和の中心

 今年のテーマは「平和のための奉仕」です。ご存知のように、人類歴史が始まって以来、人類は平和を待ち望みそれを追い求めてきました。しかし不幸にも、最初の家庭が神様から離れてしまって以来、とてつもない悲劇が人類家庭の根底を蝕んできたのです。今日の世界や歴史を通して見られるあらゆる闘争の原因を探るためには、最初の家庭に遡らなければなりません。悪の種は最初の家庭に蒔かれたのです。夫と妻がお互いのために生きず、また親と子がお互いのために生きないだけでなく、兄が弟を殺すという「カインとアペルの悲劇」まで起こったのです。平和に至る道とは何でしょうか。政治や社会、経済の指導者のみならず、高い学歴を持った多くの人々がこの問題に取り組んできましたが、それを解決することはできませんでした。どうしてできなかったのでしょうか。それは、彼らの観点が永遠で絶対的な基準に基づいていなかったからです。もし、未来永劫まで続く真の世界平和に至る方策を見つけ出したいのであれば、現状の中に解決策を求めるだけでは不可能です。神様の御旨から縦的に与えられる解答が必要です。

 もし私たちが世界平和について詰り、しかもそれを実現したいのであれば、その中心には神様がいらっしゃらなければならないのです。世界は闘争の中にあります。それは、家がなく、また中心となる人がいない家庭のようになってしまっているからです。そのような観点から世界を見れば、父母がいない中で争っている兄弟姉妹しかいない状況だと言うことができます。今の世代は特にそうです。人々はますます、世俗的な物質中心主義や自己中心的な個人主義を、あたかも、宗教のように信奉するようになっています。そのような状況下で、どのようにして絶対的な神様を見出すことができるのでしょうか。また、どのようにして理想家庭や真の恒久的平和を見出すことができるのでしょうか。恒久的な世界平和を実現するためには、神様があらゆるビジョンの中心にいらっしゃらなければならないのです。

 私たちは、未来が過去とは全く違うものになるかもしれない、歴史の摂理的転換点に来ています。今日私たちは、聖書的観点での7回目の千年紀、イエス・キリストから数えて3回目の千年紀、そして21世紀という時点に立っていますこれらの数字はとても重要です。3数は完成数です、7数は成就を意味する数です。神様は6日問で被造物すべてを創造され、7日日には休息されました。21数は3の7倍、あるいは7の3倍で、完成数と成就を意味する数の両方を象徴しています。このような数字に関する啓示的内容は、ただ偶然に起こり得ることでしょうか。いいえ、そうではありません。神様の本当に期待される内容が地上で実現されるように、神様の御手が働いて歴史の方向性を形作ってきたのです。

 歴史の背後には神様の摂理があり、人類歴史は神様の計画と共に動いていることを理解しなければなりません。これが、この時代の重要性を実感し、新しい平和時代に入って行くための鍵なのです。


 世界平和に向けての方策:ために生きる

 最初の家庭以来、人類は世界平和を切望してきました。「経済的な手段を通してのみ、平和が実現する」と考えてきた人々も多くいました、未だにそのような考え方をしている人々に対しては、「アメリカや日本、ヨーロッパなどの国々を見なさい。その社会は裕福だが、芯まで腐ってしまっている」と私は言いたいのです。あらゆる近代国家の若者が類を見ないような罪を犯しています。私はアメリカにいる多くの政治指導者と話す機会がありました。彼らは、若者の問で起こっている犯罪がほとんど国家的危機のレベルまで来ていることを知っています。もはや、若者は地域社会やもっと大きな社会のことなど考えてはいません。彼らは自己の欲望や快楽を満たすためだけに生きています。だから、性の乱れや自殺、薬物乱用などの問題が起こるのです。

 人の心を変えるのは、財産や物質的なものではありません。資産が多いことが問題なのではなく、人間の心や魂の扱い方を知ることが本当の問題なのです。自己中心的な個人主義の結果は、個人や家庭、社会の崩壊しかありません。経済的側面だけでは、答を見つけることはできません。それでは、政治的方策についてはどうでしょうか。「弱小な人々に十分な権限を与えれば、彼らは正当だと感じるし、発言力を持つこともできる」と言う人もいます。今まで以上に、若者は大きな政治力と発言力を持つようになりました。しかし、彼らはそれをどのように使っているでしょうか。韓国においても、民主改革をもたらしたのは80年代初期の学生運動でしたが、最近の学生は自分自身のことにより大きな関心があるのです。平和をもたらす方策は政治的なものでも、軍事的なものでもありません。アメリカは世界最強の国ですが、世界中から本当に尊敬される国にはなっていません。

 世界平和をもたらす方策はどこに見出すことができるでしょうか。その答えは、困難な試練や心からの祈祷、そして人類歴史の中で比類なき苦難を通して捜し出された霊的メッセージの中にあります。そのメッセージは1945年当時、戦争の廃墟の中から現れた希望でした。それは、当時は無名で、若く、しかも名もない国、韓国の宗教指導者によって教示されたものだったのです。私の父である文鮮明師は、地上に神様の希望とビジョンを実体的に成就し、世界に真の平和をもたらすという使命を与えられました。ですがら、このビジョンや希望は文師の深い経験と人生路程に根差したもの、なっているのです。メッセージは単純なものでしたが、それを実践する道は困難でした。そのメッセージとは、「ために生きる」ということだったのです。つまり、投入して、投入して、また投入することです!

 その土台の上で、皆さんは個人や国家、そして世界までも動かすことができます。そしてさらに、天宙を勣かすことさえできるのです。半世紀以上前にもたらされたこのビジョンは、歴史上に現れた数多くの非現実的な考えと同じように消滅してしまったでしょうか。いいえ、そうではありませんでした。さらに深く根付いていったのです。人類はこの真理によってこそ、罪の束縛から抜け出すことができるのです。アーメン!

 このメッセージは単なる宗教的なメッセージではありません。宗教的な信念を持っている人だけを対象にしたものではありません。教派や宗教、人種、国籍、民族など、人類を分け隔ててきたすべての障壁を超越する普遍的なメッセージです。ユニバーサル・メッセージなのです、私はこの日本に来て、「平和のための奉仕」ツアーを始めましたが、このツアーのメッセージは、どんな背景を持った人であれ、すべての若者に対して語ることのできるものです。なぜなら、それは「人問とは何か」という核心的問題に触れるものだからです。


 「平和のための奉仕」のビジョン

 私は神様が本来期待していたことを理解しようとしています。人類最初の家庭の中に築かれた関係が、その後のすべての関係を築くための土台となっています。家庭は社会の縮図です。祖父母、父母、子供の三代はすべての世代を象徴します。また、家庭の中には男性、女性という異なる二性もあり、さらに、兄弟姉妹はすべて、個性が違います。

 私は14人兄弟ですから、そのことがよく分かります。一人として、個性が同じ人はいません。彼らは皆、全人類の様々な違いを象徴しています。このように、家庭は人間関係のすべてを象徴しているのです。世界の問題を解決しようとするなら、人類最初の家庭に起こった争いの根源を取り除かなければなりません。家庭が平和世界を築く最初の構成単位であり、基礎なのです。そして、それがコミュニティや社会、国家、ひいては世界の土台となるのです。父母を尊敬し、夫や妻を愛し、かつ尊重し、結婚した後、子供を愛する人は、実体的かつ経験的な知識を得て、その関係を社会やコミュニティに拡大していくことができます。

 理想家庭の中で学ぶことは何でしょうか。真の愛、すなわちために生きることです。父母が子供のために生き、妻が夫のために生き、また子供か他の兄弟姉妹のために生きれば、家庭の中に真の平和が確立されます。そして、それは社会や国家、世界へと実体的に広がっていくのです。これが、今日私かお話したい平和に向けてのビジョンです。これは抽象的なピジョンではありません。他のために生き、他者に投入することを通して、家庭やコミュニティ、社会、そして世界において、実体的に実現できるものなのです。これが「平和のための奉仕」の本質です。

 これまで、人は「平和」について話す時、「奉仕」には触れてきませんでした。また、「奉仕」について話す時、「平和」には言及しなかったのです。今の時は、真の平和に向けてのビジョンを地上に実体的に成就することが可能な時代です。そして、そのビジョンによって、世界中のすべての若者を招集することができる時代なのです。

 さらに、若者を招集するだけではなく、ために生きようとする良心的な人々をも招集します。私は、口本全体に広がって、この国を動かし北東アジア大陸を動かし、さらにヨーロッパやアメリカ、そして世界を全体に向かって行くことのできる、とてつもない草の根運動を起こそうと計画しているのです。もし私たちが「ために生きる」という伝統を実体的に確立することができれば、平和を実現することができるのではないでしょうか。恒久的な平和が築かれた世界を創ることができるのではないでしょうか。それは国籍も民族も、そして文化をも超えた夢です。神様の下に一つの家族世界を実現することは、全人類にとって実現可能な夢なのです。この夢、あるいはビジョンは本当に山をも動かすことができるのです。アーメン!(つづく)

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2016/11/17

World CARP 世界会長就任式でのみ言(3) 2000年3月31日、アメリカ・ワシントンDC


2000年3月の顕進様のワールドカープ世界会長就任式におけるお話の続きです。2004年に出版されましたが、今は絶版となった「心情文化の主人」の本に出ていた内容です。まだ真のお父様がご健在の頃のお話なので、最近の事情とは多少違う部分もありますが、その当時からの顕進様の一貫した正しい神の摂理観と後天時代における私たちの信仰生活の在り方を学ぶことができます。


経験学習の重要性

父母であり、一世である皆さんの多くは、教育を受けることを諦めて、自分の人生を真の父母様に捧げてきたことを私は知っています。恐らく皆さんは、心の奥で「ああ、教育を受けることを諦めたのは残念だ。何としても、子供たちだけは学校に行かせよう。子供たちを学校に行かせるためだったら何でもする」と考えがちでしょう。それは素晴しいことです!彼らを学校に行かせてください。ただしその過程で、彼らの教育の中に宗教的要素の重要性を強調して行くことも忘れないでください。私は教育には大賛成です。だからこそ、私はすでに教育財団を作っておいたのです。教育は統一運動にとって必要なものですが、子供たちの霊的生命を犠牲にしてまで必要なものではありません。

子供たちに、人生のある時点で自分自身の信仰を見出す機会を与えないとしたら、何になるのでしょうか。何にもなりません。私はCARPの最大の協力者は父母だと思います。一世がCARPの最大の協力者だと思う理由は、自分の子供を教育して、真の知識を得られるような経験をさせる直接的な必要性が彼らにあるからです。今まで見てきた限りでは、CARPに夢中になっているのは二世の子供たちです。

実際、彼らの中には、私に電話をかけてきて、イーストガーデンで会いたいと言ってきた人もいました。私は了承してあげましたが、彼らが言うことはすでに分かっていました。彼らは皆、STFプログラムとPLAプログラムの参加者でした。ですから、彼らが私の所に来て言うことは、そのプログラムがどれほど素晴らしいか、また彼らがそのプログラムをどれほど支持しているか、という内容だと私は分かっていました。

すでに分かってはいましたが、それでも「いいだろう。来なさい」と言ったのです。彼らは来て、正にその通りのことを話しました。それで、私は彼らに「このプログラムの価値を本当に認め、それを大きく成功させるためなら何でもするか」と尋ねました。彼らは「はい!」と答えました。さらに、「では、そのために何か必要なのか」と尋ねると、誰も答えられませんでした。そこで、私は「そのためには、オーナーシップを経験しなければならない」と言ったのです。

最も良い学習経験は、外に出て行って困難や謀題に直面し、それらを乗り越えた時に得られるのではないかと思います。そのようにして成長するのです。助けてばかりいると、その人は常に援助を求める考え方や依存的な考え方を持ってしまうかもしれません。自立しないのです。そういう人はいつも他人の助けを必要とするようになります。私はこのように考えます。

私は四年同大学に通い、大学院も卒業し、今はUTS(統一神学校)に在学中です。だから、私は多くの教育機関を通過したことになります。また、このアメリカで幼稚園から高校まで通いました。仮に、私か統一運動に関わりのない学生だったとしましょう。そして、もし私か純潔問題について信念を持っていて、それに基づく独自のカリキュラム(教育課程)を作るとすれば、その内容を開発するだけでなく、人々がその運動に参加し、それを経済的に支援する気にさせるだろうと思います。皆さんはそのようにしたいと思いますか。それがオーナーシップを持つということです。

CARPの組織や皆さんを支援する外部組織がある間は、「自分たちは頑張っている」と思うかもしれませんが、実社会から見れば必ずしもそんなに成果をあげているわけではありません。私は二世たちにそのように話しました。彼らは最初、無表情に私を見ていましたが、最後には決意して、「何としてもやります」と言いました。

最近、シカゴでその子供たちに再会しました。彼らに可能性を見せると、彼らはさらに投入しますと言っていました。それを見て、希望を感じました。自分の身を危険にさらすことを厭わない献身的な二世や若いメンバーがいる限り、常に希望があるからです。それは彼らの前にある道が容易だという意味でしょうか。違います。私は、「未来は楽になる」と言うために、皆さんの前に立っているのではありません。未来は容易ではないのです。とてつもない犠牲が必要になるでしょう。しかし最終的には、誰もが誇れるものを築くことができるでしょう。先程の子供たちにはそれを約束できます。なぜなら、彼らには何としても成し遂げようという意欲があるからです。それがオーナーシップ精神の始まりです。創造過程の始まりなのです。

神様が初めに人間を創造された時、天使長に人間を創らせたかったと思いますか。違います。神様御自身が汚れるところに行って、袖を捲り上げながら創造の御業をされたのです。自分の子供たちをこの世に生み出すのに他の誰かにしてもらいましたか。違います。皆さんがそうしたのです。創造過程におけるすべてのことはオーナーシップ精神から生まれます。

愛を理解するのは、愛の主人になった時ではありませんか。それが四大心情圈の背後にある意味と根拠ではないでしょうか。違いますか。それはすなわち、愛を所有し、家庭において愛を経験することなのです。


繁栄する青年運動を展開しよう

私か言っているのは、この組織の主人にならないといけないということです。CARPは私の組織ではありません。特に、U.S.- CARPはアメリカのメンバーや二世、そして青年の組織であるべきです。そして青年だけでなく、彼らの親やCARPを卒業したメンバーもこの組織の主人であるべきです。もしそのような認識を共有し、そのような協力関係を築くことができれば、青年運動は明日からでも始まることでしょう。

私を見て、「顯進様はハーバード大学のビジネス・スクールで話し方を今学んだのだ」とは考えないでください。断っておきますが、私は演説の仕方についての授業は一切履修していません。この話の要点は、「真理」は「真理」であり、「事実」は「事実」であり、「現実」は「現実」だということです。成さなければならないことは非常に明確です。私たちは統一運動における伝道の支柱となる、活発な青年運動を展開する必要があります。

そして、それによって、真の父母様に従い、生活の中に真の父母様の伝統を実体化しようと決意し、努力するような若者の新しい血を統一運拗にもたらさなければなりません。これが私たちの成すべきことです。

しかし、CARPだけではそれを実現できません。CARPを自分たちのために何かしてくれる団体として見るのではなく、皆さんがCARPのためにできることをしてくださり、この新しい運動をあらゆる点で支援しでくださるようお願いします。そうすれば、アメリカで繁栄する運動を作り上げることができます。そして、アメリカの若者に対して問題の解決策を提示し、彼らを指導することができるのです。

本当に近頃の若者は行くべき道を見失っています。皆さんも知っているでしょう。アメリカのコミュニティ(地域社会)を見てください。アメリカにおける崩壊した家庭の数を見てください。アメリカにおける行方不明の子供の数を見てください。自分の子供に聞いてみてください。彼らはそのような子供と同じ学校に通っているのですから。このような問題を無視することで、逃げ隠れできると思いますか。いいえ、できません。お父様が創設された組織や機関を通して、直接このような問題に対する解決策を講じるのです。そして、そのような青年運動のための機関が正にCARPなのです。

時問になりました。このスピーチを締めくくりたいと思います。最後にこれだけ言わせてください。できれば、これから先、皆さんをCARPのメンバーと見なしたいと思います。その立場が良いという人は手を挙げてください。オーケー。ここに新しいCARPメンバーがたくさんできましたね。ありがとうございました。<おわり>
2003年3月31日 アメリカ・ワシントンDC



2016/11/09

World CARP 世界会長就任式でのみ言(2) 2000年3月31日、アメリカ・ワシントンDC


2000年3月の顕進様のワールドカープ世界会長就任式におけるお話の続きです。2004年に出版されましたが、今は絶版となった「心情文化の主人」の本に出ていた内容です。まだ真のお父様がご健在の頃のお話なので、最近の事情とは多少違う部分もありますが、その当時からの顕進様の一貫した正しい神の摂理観と後天時代における私たちの信仰生活の在り方を学ぶことができます。


新しいパラダイム(思考の枠組み)とオーナーシップ(主人意識)


定着時代においては、自分自身や自分の家庭、そして自分の責任についての理解の仕方が大きく転換されるのです。そして、それが統一運動全体や代表的な各機関に反映されます。今は物事を否定的に論じることや批判することにエネルギーを費やすべき時ではありません。それよりも、各人が前向きにオーナーシップを持って、「自分がしなければならない!」と叫ぶような時代であるべきです。

統一運動のメンバーが作ったインターネットの掲示板サイトなどを閲覧してみると、そこには改善を要することがたくさん指摘されています。それもガス抜きとしてはいいのかもしれませんが、結局それをどうするつもりなのでしょうか。これがオーナー(主人)と、一緒に付いて行くだけの部分的参加者との違いです、オーナーは「問題があるなら、私か直そう」と考えます。例えば、皆さんの家の蛇口が壊れて、水が漏れていた場合、皆さんが直さなければなりません。他人を責めることはできず、自分で直さなくてはならないのです。

定着時代に入った今、私たちはオーナーにならなければなりません。統一運動は自分のものであり、その問題を解決するのは自分の責任であると感じなければなりません、批判や口論にエネルギーを浪費するのではなく、建設的で積極的なこと、そしてイニシアチブを作り出すことにそのエネルギーを集中させましょう。

新しい時代が始まりつつあります。この時代は皆さん一人ひとりから始まるのだという事を強調しておきます。皆さんが自分自身の中にある希望を見出して、それに火を付け、その希望の火を携えて積極的に努力し、地域の人々の生活に影響を与えることができるならば、統一運動は復活するでしょう。そのような運動の精神が皆さんの住む地域社会やその住民に浸透していくでしょう。

新しい時代に突入したので、新しいパラダイムが前面に出てきました。まず変わるべきなのは、私たちの考え方です。オーナーシップを持たなければなりません。私たちが所属し、信仰を持っている、この教会が自分のものであり、それ故にどのような問題があったとしても、自分が解決すべきだと感じなければなりません。他の誰かがやってくれるのを待っていてはいけません。自分がするのです。そのような姿勢を持つ人が多くなれば、想像以上に早く、様々なことが皆さんの目の前で変わり始めるでしょう。そのような新しい時代が到来したのです。

お父様が定着時代、第四次アダム圈時代、二世時代などについて語られる時、そのような意味合いがあるのです。今は本当にオーナーシップを持たなければならない時であって、ただ後ろに座って傍観し、「私は嫌な経験をしたので、もう責任を持ちたくない。マイペースで行きたい」などと言う時ではありません。そんな時ではないのです!価値あることは何でも犠牲と投人が必要なのですから、もう一度それに立ち向かってください。私たちは新しい時代に入りました。新しいパラダイムが前面に出てきています。

統一運動がそれを掴んで取り入れ、所有するようになるには、私たち、特に一世が考え方を変えなければなりません。どうして、特に一世がそうだと言うのでしょうか。それは、一世が復帰時代の制約を受け、その時代の重荷を多く抱えてしまっているからです。その重荷は生き残るために必要だと本能的に判断して得たものかもしれませんが、この新しい時代には必要ないものです。もはや生き残るかどうかというだけの問題ではありません。実際に建設することが問題なのです。

子育てを考えてみてください。親の役割は地球上で最も高尚な役割ですが、親は皆、子供を育てるには100%、200%、300%の投入が必要だということを知っています。真の父母様の勝利の証である統一運動に対して、私たちはそれ以上の愛情と愛着、そして献身的精神を持たなければなりません。

今日の午後早い時間に、様々なCARPのメンバーと話をする機会がありました。そこには過去のCARPメンバーと現在のCARPメンバーがいました。過去のCARPメンバーの多くはCARP、STF(Special Task Force)プログラム、あるいはPLA(Pure Love Alliance)プログラムに所属している二世メンバーの父母たちです。そのような父母は私に「私の子供は学校に行かなければならないので、STFプログラムでの活動は一年で十分だと思います」と言っていました。

しかし、子供たちは「私はSTFプログラムを本当に信じています。初めて自分の信仰を経験し理解して、自分のものにすることができました。もう一年やりたいです。でも、親はいつも「勉強に集中しなければならないから止めなさい」と言います」と言っているのです。これは何度も聞く話です。しかし、父母たちに「統一運動が取り組むべきだと最も強く感じる重要課題は何か」と聞いてみると、ほとんどの祝福家庭の父母は「二世がお父様の伝統を相続できるように育てることだ」と答えます。何とも皮肉なことです。

自分の子供のことを考えてみてください。子供たちは幼稚園から高校まで完全に世俗的な教育を受けます。皆さんの中で、子育てのためにいつも家にいる人は何人いるでしょうか。彼らは夏休みによく修練会に参加しますが、修練会で本当に学べることはどれくらいあるでしょうか。修練会で本当に自分の信仰について理解し、自分のものとするでしょうか。

認織論について、お父様と長時問にわたって話し合ったことがあります。私はお父様に「人はどのように学ぶのでしょうか」と質問しました。私は強い意見を持っていたので、それを主張しました。皆さんがある知識を本当に学び、自分のものにするのは、認識的、あるいは知的な方法によってではないと思います。その議論の基本的構造を理解したとしても、それはすべて抽象的なものです。

実際は経験を通して知識を所有するのです。皆さん白身も親になってから、そうやって親の愛を理解したのではないでしょうか。親になる前に、親の愛の意味について説明を受けたとしても、それはすべて頭の中のことです。親の愛が分かったわけでも、感じたわけでもありません。

信仰もこれと同じことではないでしょうか。「私はなぜ統一運動に入ったのか」と自問してみてください。ただ原理の強力な説得力のためだけで入ったのでしょうか、それともそのコミュニティ(共同体)の中で感じた経験の故だったのでしょうか。皆さんが統一運動と真の父母様に、生涯を捧げようと決意した瞬問が、自分自身の信仰や確信、そして信念に対してオーナーシップを持った瞬間だったはずです。であれば、皆さんの子供たちにも同じことをする機会を与えてもよいのではないでしょうか。前線で試練を受けることがなければ、いつ自分の信仰を理解する機会を持てるというのでしょうか。

皆さんは、私がお父様の息子として、誰も近づくことができないガラスの王宮「イーストガーデン」で銀のスプーンを口にくわえて生まれたのだろうと思うかもしれません。もし誰かが私について本を書くとしたら、そのように紹介するでしょう。しかし私か語れば、全く違う話になります。私は生まれた瞬問から特別な宿命を与えられ、以来何度も何度も自分の立場を証明しなければなりませんでした。誰しも観察されるのは嫌なことですが、「真の家庭」は常に触察されながら生きていかなければなりません。特に父母様がおられない時は、そのことが若者にとって大きなプレッシャーになります。

それでも、私は今ここに憤慨しながら立っているでしょうか。あるいは、激しく非難する気持ちを持って立っているでしょうか。文句を言い始めればきりがありません。もし私か自分自身の小さな個人的正義感に固執していたら、今日ここに立つことはできなかったでしょう。今日ここに立つためには、どうにかして「私はすべてを消化する。そして、この瞬間からは破壊的な姿勢や精神ではなく、新しく創造的な姿勢と精神を持って前進する」と言えなければなりませんでした。アーメン!

創造的になるとはどういうことでしょうか。オーナーシップを持つとはどういう意味でしょうか。それは重荷を置いてくるということです。皆さんを待っている新しい未来とその展望に目を向けてください。統一運動にとって最も大きなチャレンジ(課題)は外にある世界ではなく、自分自身です。なぜかと言うと、未知なる未来に向かって、確信と熱心さを持ちながら、一心不乱に危険な中に飛び込んで行くことを私たちが恐れているからなのです。

しかし、皆さんに教訓したいことは、私たちは歴史におけるゼロ・ポイント、すなわち実体的な天国の建設を始めることのできる時点に立っているので、すでに基盤は整っているのだということです。これは言葉だけで終わるのではありません。皆さんが私の語った言葉に感動を覚え、レンター(賃借人)ではなくオーナー(主人)になって、積極的に問題を解決しようという決意をしたならば、全く新しいことが始まり、目に見えるようになってくることを私は知っているからです。

二世の話に戻りますが、矛盾したメッセージを与えられて育っていく子供たちのことを考えてみてください。皆さんが教師、あるいはリーダーだとすれば、一貫性が重要であることを知らなければなりません。言行が不一致であってはいけません。自分が語ることと矛盾した行動をとってはならないのです。

もし祝福家庭である皆さんの主要な関心事が、真の父母様から授かった信仰と活力と精神を如何に自分の子供たちに植え付けるかということであるならば、子供たち自身にその信仰と決意を見出させる機関や組織を支援し、それによって彼らに生命を与えることが皆さんの責務であると感じなければなりません。

すでにお話したように、すべてが連結しているので、今口皆さんにお伝えするメッセージはCARPという組織だけに留まるものではありません。ですから、CARPについて話したり、CΛRPのビジョンを展開したりするためには、まず統一運動全体のより大きくて広い問題を明確にしていかなれければなりません。

再度強調しておきたいことは、私たちは定着時代に入ったということです。私たちは自分の考え方や姿勢、観点を変えなければなりません。復帰時代に負った重荷を捨て去り、新しく出発することが必要です。私たちは一つの運動体、あるい、は一つの組織として共に前進しなければなりません。また、祝福家庭として前進しなければならないのです。



CARPの使命

それでは、この摂理的時代において、CARPが新しい青年運動の頂点、あるいは中心点となるという使命を如何に米たすことができるでしょうか。CARPのビジョンはとても単純です。私たちはもう一度、「福音伝道(Evangelism)」に焦点を合わせなければなりません。「福音伝道」という表現が気に入らないかもしれませんが、要するに伝道活動のことです。

他の組織、例えば教会を例にとって、どのようにしたら成功する組織が作れるのかを考えてみましょう。もちろん、私たちは教会以上のものを提示しています。ある意味では、統一運動を世界平和統一家庭連合や単なる教会もしくは宗教団体に狭めてしまうことは間違いです。なぜなら、私たちは実体的な生き方を提示しているからです。

しかし、完全に同じではないにしても、ある程度類似したモデルをつくるために、繁栄し発展している宗教を見てみましょう。そのような宗教はすべて、強力な伝道部門を布しています。反対に、衰退している宗教はこの根本的な部門を欠いています。

世界平和統一家庭連合が創設されて以来、この数年間に統一運動はどのようになってきたでしょうか。統一運動が取り入れた組織形態は会衆派教会のような形態です。メンバーは地域に家庭として定着して会衆(信徒の集まり)を構成し、他の教会や他の宗教、他の教派に対して渉外活動を行っています。言い換えれば、非常に強い会衆派的組織形態をとっているということです。 しかし、その一万で焦点を当ててこなかったものは何ですか。それが伝道なのです!

他の教会と友好関係を作る渉外活動は良いことなのですが、限界もあります。なるほど、彼らはお父様を偉大な預言者、あるいは偉大な霊的指導者として受け入れるでしょう。また、祝福の意義と精神も受け入れることでしょう。しかし、果たして彼らはお父様を再臨主として受け入れるでしょうか。その人生を真の父母様のために捧げ、真の父母様のコア・メンバー(核心的要員)として真の父母様の根(血統)に直接接ぎ木されることを望んでいるでしょうか。

統一運動に欠けているのがこの要素であり、これこそがCARPの取り組むべき問題です。つまり、誰も反論できないほど繁栄し成功した組織を作るためには、この要素が絶対的に不可欠なのです。組織的なレベルで話せば、そういうことになります。では、より摂理的・霊的なレベルで話すとしたらどうでしょうか。どうして新しい若者を連れて来ることが必要なのでしょうか。

復帰摂理の目的は何ですか。簡潔に言えば、復帰摂理の全体的な目的は理想家庭を創ることです。家族というのは、絶対的かつ永遠の絆で結ばれた最も近い関係です。そして、家庭の中で、特定の習慣や文化、価値観、及び絶対的で永遠な縦的伝統を学ぶのです。したがって、実体的な天国を創建するためには、理想家庭に接ぎ木され、永遠のレベルで決意している大勢の若者が必要なのです。

つまり、ただ祝福を受けて、「レバレンド・ムーンは偉大で、素晴らしい霊的指導者だと思います」と言う程皮の基準ではなく、もう少し献身的な基準が必要だということなのです。「私は真の父母様を自分の父母だと思う。私は今やその家族なので、この家庭のために何でもします」という基準です。

それにはコア・メンバーが必要です。ただ、「皆さんの活動が好きです。私のスケジュールはこうです」と言うだけの人ではなく、もっと献身的に活動したい人を連れてきてください。本当の構成員が必要なのです。現実は、統一運動のコア・メンバーはだんだん高齢化しています。その数が二世によって埋め合わせられるなどとは考えないでください。内側に向かえば向かうほど、統一運動は摂理的な使命を失敗してしまうでしょう。

私たちは常に、統一運動に新しいメンバーを連れてくること、若い血を注人することに目を向けなければならないのです。ですから、私はCARPを基盤として、若者、すなわち統一運動内外の二世のための青年運動を展開することにエネルギーを注ぐつもりです。もし私たちがたくさんの人々を統一運動に連れてくることができれば、問違いなくこのアメリカという国家を動かすことができるでしょう。学内を基盤にした草の根的青年運動の力を考えてみてください。とてつもない政治力や経済力が実現されるでしょう。

それでは、どうして私たちは教会の中に立っていないのでしょうか。すでにお話ししたように、お父様のメッセージは宗教を超えたものだからです。お父様が明確に言われたように、私たちが信じ、教えることがそのまま自分の生き方となるならば、宗教は必要ないのです。宗教は堕落した人間がもう一度神様に近づくための道具もしくは産物ですが、その究極の目的は魂の解放のみなのではなく、霊と肉を解放することなのです。
私たちは単なる信仰的基盤を作るのではなく、実体的基盤を作ることを信条としているのです。私か始めた「真の家庭文化の創造」に関する会議も、実体的基盤を成し遂げようとする取り組みの一環です。皆さんはその会議についてまだ聞いたことがないかもしれませんが、いずれ耳にするでしょう。

私は、皆さんがその会議に参加することを願います。なぜなら、皆さんの貢献が必要であり、貴重だからです。これは将来、CARPが焦点を当てるべきものと方向が一致しています。
皆さんにはその関連性が見えてくると思います。私かわざわざ示す必要はありません。伝道という、この重要な要素は統一運動に不可欠な内容です。二世の子供たちを含め、全世界の若者がどのようにそこに連結され、最終的に統一運動がどのように発展していくかが、皆さんにも分かってくるでしょう。

いずれ、CARPに来る子供たちがアメリカのCARP運動を復興する機運をもたらし、このアメリカで青年運動を築き上げることでしょう。彼らはやがて誇らしい中核部隊となって、大学や大学院に行く頃には、多くの内容を持った者となるでしょう。<つづく>


2016/11/03

World CARP 世界会長就任式でのみ言 2000年3月31日、アメリカ・ワシントンDC

2000年3月の顕進様のワールドカープ世界会長就任式におけるお話を紹介します。2004年に出版されて、今は絶版となった「心情文化の主人」の本に出ていた内容です。まだ真のお父様がご健在の頃のお話なので、最近の事情とは多少違う部分もありますが、顕進様の一貫した正しい神の摂理観を学ぶことができます。

World CARP 世界会長就任式でのみ言
2000年3月31日、アメリカ・ワシントンDC

まずスピーチを始める前に、今日皆さんがこの就任式に参加するために集まってくださったことに感謝します。真の御父母様の勝利的基盤の上に新しい時代を迎え、今後何か素晴らしいこと、つまり統一運動全体にわたって、現実に目に見ることができ、誇りに思えるようなことが成し遂げられることを希望します。
これはCARPという学生組織に新しく任命された者の大胆な発言であることは承知しています。確かに、私が任命を受けたのは学生組織の会長です。しかし、その(学生組織である)CARPが私たちの国の若者を感動させ、二世の課題や懸案事項に取り組み、若いメンバーを復活させ、統一運動に新しいメンバーを連れてくるということにとどまらず、それ以上のことができるのだということに、いずれ皆さんは気付き始めるでしょう。

キリスト教の失敗
統一運動をみると、真の御父母様が50年以上の公生涯を掛けて築いてこられた基盤はどのような角度から見ても途方もなく大きなものとなってきたことが分かります。しかし、真の御父母様が国家と世界のレベルに立ってその使命をはたされるために、果たして50年もの苦労の路程を歩まれる必要があったのでしょうか?お父様の息子として、私はこの路程が本来のものではないのだということを何度も聞きました。神様がお父様に与えられた使命を実現するための基盤はキリスト教だったのです。
1945年はすでに基盤ができていました。基本的に、世界は当時の世界的超大国であったアメリカの善意ある政権と影響の下にありました。1945年当時は、ソ連は超大国ではありませんでした。しかも、唯一アメリカだけが戦争の惨禍を免れていたのです。その国土は自国の若者の血で汚れることはありませんでした。また、その経済は連合諸国を支援したために繁栄していました。アメリカの世界に対する経済的・精神的影響力はかつてなく大きくなっていたのです。
真のお父様はこの基盤の上に来られて、それを相続されるはずだったのです。もしお父様が1945年に世界的なキリスト教運動の支援を受けて公生涯を出発されいたなら、7年以内に地上天国建設の基盤が作られていたはずです。
このことを振り返ってみると、私たちはどれほどのことを成し遂げてきたのでしょうか。一握りしかいないメンバーで、どれほどのことを成し遂げることができたのか考えてみてください。メンバーの人数は数千人という規模であっても、私たちは正に一握りなのです。
それでは、真の御父母様のために準備されたキリスト教の基盤が真の御父母様と一体化し、その使命に一致していたなら、どれほどのことが成し遂げられていたことでしょうか。
残念ながら、今日においても統一運動に最も反対している韓国のクリスチャンを始めとして、キリスト教は真の御父母様と一体化しませんでした。この悲しい事実の深刻さをどれほど強調してもしすぎることはありません。
キリスト教は熱狂的に韓国に迎えられました。19世紀にアメリカで始まったリバイバル(復興)運動は、その最も純粋な形が韓国で発見されました。北朝鮮の平壤におけるリバイバル運動を研究してして見れば、それが事実だと分かります。韓国に渡ったアメリカの伝道師「韓国人は中国人や日本人よりもキリスト教を受け入れる準備ができたいた」と証しています。

韓国の摂理的意義
キリスト教の影響を受けたアジアの諸国の中でも、韓国は最も準備された国でした。韓国の歴史をみれば、それが宗教的伝統の上に創設された国であったことが分かります。檀君神話にも、韓国という国が神様の御意から生まれたという信仰が証されています。彼らには「ハナニム」と呼んでいる超越的存在との極めて強い結びつきがあります。そして、それはキリスト教の伝来以前から韓国文化の中に存在していました
この霊的エネルギーの渦の中にキリスト教が到来し、そのような環境においてキリスト教が最も純粋な形で定着したのです。韓国のキリスト教は終末論的傾向が強く、特に霊的・天啓的な教派には、「再臨主は韓国に来られる」という強烈な」信仰がありました。そのような基盤が真のお父様のための備えられていたのです。
しかし、そのような信仰や基盤が神様の御手によって準備され、培われていたのにも関わらず、人間が5%の責任分担を果たせなかったためにすべてが失われてしまいました。メシアを迎えるために準部された人々が、メシアを最初に否定する人々になってしまったのです。彼らは、その時真のお父様が韓国にもたらそうとしていたビジョンを理解できず、またそのビジョンと一体化することができなかったのです。
共産主義と自由世界の思想的紛争が決着していない唯一の国があの小さな半島にあるというのは、皮肉なことだと思いませんか。それはなぜでしょうか。そこで革命の渦が起こり始めたからです。お父様が生命に代えても果たさなければならない霊的使命はそこで始まり、そして今もそこに残っているのです。
それでは、どうして私はそのことを強調して話すのでしょうか。キリスト教がお父様と一体化できなかったが故に、お父様は荒野路程を歩まなければならなくなったからです。
私たちは今や、二世や三世をも抱える統一教会のメンバーとなり、組織化されてています。そして、自らを存在すべくして存在している組織だとみなしています。しかし実際は、そのような組織は存在するはずではなかったのです。統一教会が存在しているのは、準備されていた基盤が真の御父母様を受け入れられなかったからです。
なぜそのことに触れるのかと言うと、神様の摂理には明確な目的と路程があるからです。そこに連結するのが私たちの5%の責任分担です。それは民主的なプロセスではありません。単なる選択のプロセスではないのです。摂理路程の背景には神様の信念と意思があります。そこに連結するのは私たち人間の責任分担なのです。

新しい時代の始まり-定着時代
今日の立場に到着するために、統一教会は50年にわたって、とてつもない障害や困難を乗り越えてきました。それでは、今日の立場とはどのような立場で所いうか。私たちは真の御父母様の勝利の基盤の上に立っています。復帰時代の終焉と定着時代の出発という時点に立っているのです。皆さんはおそらく今、そこに座って、「それはどういうことだろうか」と考えていることでしょう。
キリスト教が失敗したので、お父様自身が動かなければなりませんでした。もう一度世界レベルの基盤を立てられなければなりませんでした。そして、統一運動を通してそれを実現されたのです。これはすなわち、お父様が1945年に立たれていた立場に、私たちが再び辿りついたということを意味します。また、統一運動の基盤の上に、世界平和統一家庭連合と全祝福家庭が実体的な神の国の建設を始めることができるのです。
これを成し遂げるには、建設者として発送を転換しなければなりません。モーセとイスラエル民族を例にして考えてみましょう。選民であるイスラエル民族がカナンの対岸に辿り着き、そこからカナンの地を眺めた時、彼らはそれまでの思想態度を変えなければならなかったのです。
だからこそ、二世のためだけに条件が立てられたのです。すなわち、一世はエジプトからの荷物をすべて引きずっていたので、カナンの地には入れず、二世のみがカナンに入ることになったのです。統一運動はどうでしょうか。定着時代を迎え、向こう岸を見つめて実体的な神の国を建設したいと願っているなら、私たちも重荷を捨てるべきではないでしょうか。
ここに集まった一世のメンバーに言いますが、皆さんがこれまで重ねてきた経験は復帰時代から来たものであり、その復帰時代はキリスト教がお父様と一体化できなかった失敗によって生じたのです。復帰時代は過去の過ちのために蕩減を払わなければならない時代です。言い換えれば、過去の負債を清算するために、過去の過ちに対する賠償金を支払わなければならなかったのです。
復帰時代での考え方や体制、姿勢、及び認識は、今のものとは大きく違っていました。復帰時代はサタン世界を分立して、外部の世界を主管する位置にたてるような神側陣営をつくらなければならない時代でした。しかし結局、その目的の故に、私たちは主流から外れてしまうことになったのです。外部の世界に関わる時など、そのことが負担になることがありますね。多くの人たちが私たちをカルトか社会的のけ者のような、何か主流から外れたものと見なしています。
それでは、定着時代はどうでしょうか。定着時代は今までとは非常に違うことを意味します。例えば、メンバーは「あなたは中心性がない。あなたはこうではない、ああでない」とお互いに裁いてしまいがちです。このような態度は、過去にはある程度の基準を保つために必要でしたが、結局は多くの葛藤や非難を将来してしまいます。今や、私たちは定着時代を迎えたので、どのように分別するかではなく、どのようにすべての人々を招き入れられるかを考えなければなりません。
もはや、私個人の救済を求める時代ではないのです。論議の対象は家庭に変わりました。つまり、皆さんの家庭がいかに天国に入ることができるのかが問題なのです。<つづく>