2017/04/30

真のお父様が立てられた真の愛の基準

顕進様が今年の愛勝日に、真のお父様と興進様が立てられた真の愛の先例と私達祝福家庭の立場について語られましたのでご紹介します。


真のお父様により立てられた先例

天の前に公人として立ち、正しい先例を立てるということは、途方もない十字架であり、大変な重荷です。それがまさにお父様が誠実になされたことでした。そして、もしもお父様がそのような十字架と重荷を負われたとすれば、お父様の子供たちも十字架と重荷を負わなかったと思いますか。

事故の後、お父様が病院に来られた時、お父様は自分の息子を訪ねる前に、興進兄さんとともに車に乗っていた二人の二世を訪ねられました。父親の心としては、何よりも真っ先に自分の息子に会いたかったのではないでしょうかしかも興進兄さんは他の二人よりももっと重傷を負っていました。しかし、お父様は基準を立てて、まずはその子供たちを訪ねられました。それが、カインの子女を愛するということです。お父様はまず神様、そして人類、そして皆さんのことを考えておられたのです。真の家庭に関してお父様がなさったことすべては、皆さんの祝福と人類の祝福のための条件を立てることでした。これが真の家庭の基準です。

私が言ったことを覚えていますか。謙虚と感謝の姿勢を持てと言いました。お父様は謙虚と感謝の基準を維持しておられたと思いませんか。これは個人的には悲しい出来事です。親が子供を失うことは、最も難しいことです。その痛みを皆さんに言葉で説明することはできません。しかし、お父様はそれを受け止め、消化し、天への供え物として返されたのです。

皆さんは私たちの運動が祝福されてきたのは何故だと思いますか。皆さんは真の父母様と真の家庭の前に何を言うことができるでしょうか。皆さんは真の家庭の、天が認めておられる真の犠牲と真の価値を理解する必要があります



真の家庭によって立てられた真の愛の先例

お父様は多くの霊能者たちから、韓国で勝共大会をやれば生命の危険にさらされるという警告を受けました。興進兄さんが真の父母様のためなら自分の命を捨てると言った時に、本気で言ったと思いますか。そのトラックが近づいて来たとき、彼は、自分が衝突の衝撃を受け止め、同乗していた二人の二世の命が守られるようにと、実際に右方向にハンドルを切ったのです。天は、そのような命がけの決意を認めておられると思いませんか。

なぜ私が今年、愛勝日を祝おうとしていると思いますか。興進兄さんは、私たち祝福家庭の先例を立てるために命を捧げました。親孝行とはそのようなものです。それが彼が立てた基準です。これが真の家庭の基準なのです。その犠牲のゆえに、祝福家庭が初めて真の家庭の重要性を認識しました。ですからその犠牲には、このような大きな希望があるのです。皆さんはこれを皆さんの新たな決意と信仰の基礎にすべきだと思いませんか。

最も重要なことは、神様が中心であることです。神様のみ旨を果たさなければなりません。それがお父様の人生の動機であり、私の人生の動機でもあります。

2008年は神様の摂理において非常に重要な時点でした。当時、お父様に宛てた手紙で私は、私たちは分岐点に立っていると述べ、それぞれの道を辿ることによりもたらされる別々の結果について説明しました。もしもその一方の道を、大多数の祝福家庭が選択したように私が選択していれば、私には全ての位置と権力、そして物質的なものが約束されていました。
しかし、私はもう一方の道を選択したのです。正しい基準を立てるために、世界全体の流れに逆行した場合、あらゆる段階でチャレンジに直面します。しかし、私は天の父との約束を守り、お父様の夢を実現するために、死の道を選びました。

私は家族にも裏切られました。しかし、私の家族を守っているのは誰でしょうか。これは基本的な真実ですが、彼らはいつでも私の家族であることに変わりありません。この基本的な真実を理解しているので、状況を消化して彼らを抱くことができないはずがないのです。それは、特に真の愛の基準を守って他の人のために生きることを動機としている人にとっては、自然な愛の秩序なのです。

当時私は息子としてお父様のレガシーを守る責任を果たしていたのです。天はそれを認め、多くの勝利を通して祝福してくださいました。それらの勝利はすべて、真の父母様と真の家庭の正統性を証すものです。そのような基準を立てた人物にとっては、「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きる」という言葉は、概念的なものではなく、事実です。

皆さんは、興進兄さんの犠牲によって立てられた親孝行の先例を目撃しました。彼はまだ大人ではありませんでしたが、とてつもない精誠を示しました。そして今、皆さんは大人になった人によって立てられた真の親孝行の実例を見ているのです。



真の家庭のレガシー

お父様が立てられたレガシーは、天の父の基準である創造目的に根ざしています。神様の創造目的は、理想家庭を築くことでした。したがって、皆さんは、神様の血統が実体化された場である真の家庭の重要性を認めなければなりません。皆さんが真の父母という人物を信じているからといって、天国への道が開かれるのではありません。真の家庭が根なのです。例えで言うならば、たとえその枝が良いものであっても、根が死ねば木全体が死んでしまうのです。ですから、長男として、私は真のお父様のレガシー、つまり、真の家庭を保護しているのです。

真の父母と真の家庭の真の価値は、人類救済の源となる理想家庭の創造に対する正しい先例を立てたことに由来します。それは究極の自己犠牲の人生でした。皆さんはそれが真の家庭のためだったと思いますか、それとも皆さんと人類のためだったと思いますか。それは人類の救済のためであり、皆さんが神様の息子娘の立場に戻ることができるように、皆さんに祝福を与えるためでした。皆さんがその恩恵を受けることができるように、お父様は全ての段階において自分の家族を犠牲にされたのです。皆さんの前には、神様の恵みのふところに戻って新しく出発するための道が開かれています。

私が皆さんを教育する時には、神様の奴隷であるとか、真の父母様に仕える奴隷であるとかいう考え方の束縛から皆さんを解放しようとしています。私は皆さんが神様の真の息子娘になれるように、皆さんを自由にしようとしているのです。言い換えれば、真の家庭が表してきたもの、つまり真の家庭が立ててきた先例は全て、皆さんのため、カインの子女のためのものであり、全人類のためのものでした。それが真のアベルの道です。

皆さんは、祝福家庭は真の家庭を守るべきだと思いますか。皆さんが真の家庭の価値を理解し、それを認めれば、自然と守りたいと思うようになるでしょう。そうすれば、そのような保護は義務感や使命感からのものではなく、誠実さと真の愛から出てくるものとなります。自然と、自分がカインの子女として、アベルの子女と一つにならなければならないことが理解できるようになります。カインがアベルに対して持っている責任の内容が理解できるようになり、それが自分の責任を果たすのに役立つでしょう。

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2017/04/20

教理研究院への反論

教理研究院への反論

2017419

芳岡隼介

今年の228日~34日まで、私は顯進様のNGOが主催する大会に参加し、声明を出しました。徳野会長は私の声明に対する対策講話をされ、私もそれに反論してきました。最近は松濤本部の教理研究院が、私の声明を取り上げて批判をしています。

 

お父様のみ言を学べば明らかなように、地上天国は真の家庭の四位基台の完成から広がっていくものです。真の家庭の四位基台は、長子である顯進様を排斥しては絶対に完成できません。またカインの子女である祝福家庭は、アベルの子女である真の子女様を通して真の父母様につながるようになっています。それにも関わらず、現在の家庭連合本部がただ教勢の減少を恐れて子女様を「分派」扱いし「見るな、聞くな、行くな」というスタンスを取り、神の摂理を守るのではなく、組織防衛のために動く姿が、非常に悲しく残念でなりません。

 

私は声明の中で、特にお母様の語られる「独生女」のお話に拘ってきました。お母様に勝利していただき、真の家庭の四位基台を完成していただくためにも、お父様の語られたみ言と真摯に向き合って「独生女」論を考えなければなりません。

 

教理研究院は、私が徳野会長への第一の反論で引用したみ言(マルスム選集6082882892009228日)に関して、家庭連合ホームページからリンクされている「真の父母様を中心に一つになろう」というサイトに以下のような反論を掲載しました。

 

分派による「真のお母様」を貶めるための御言改竄の問題 (1)み言の前後の文章を隠し、意味を誤読させる ――み言を正反対の意味に翻訳して悪用

 

教理研究院は、私が意図的にみ言の意味を歪めて正反対の意味にしている、と批判しています。私は韓国語ができないため、お父様のみ言を引用する際に、すでに誰かが日本語に翻訳したものをネット上から引用する、という方法をとっていました。それで私も当初は「私がネット上から引用した日本語のみ言に、すでに意図的な解釈が含まれていたのかも知れない」と考えました。

 

しかし、櫻井正実さんがこの問題についてご本人のブログで言及してくださり、私もその内容を吟味することで、よく理解することができました。結論として、教理研究院の私に対する反論にこそ意図的な解釈や誤訳が存在し、看過できないものであるということが分かりましたので、以下に指摘してみたいと思います。

 

一、教理研究院は、お母様の「クリスマス発言」に一切言及していない。

 

私は、徳野会長への反論の中で引用したみ言を通して、「お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。」と主張しました。

 

それに対して教理研究院は、私が引用したみ言を「誤訳」であるとか、「前後の文章を省いている」などと言いながら、「本当は全く正反対の意味であり、お母様がお父様の血統を疑っているという話ではなく、むしろお母様はお父様が純潔な方であることの証人だというみ言だ」という風に主張しています。

 

この教理研究院の主張には、意図的、且つ明らかな誤訳や、文脈の無視があります。この点は後で言及しますが、まず最初に、教理研究院が「クリスマス発言」を始め、最近のお母様の「独生女」のみ言など、現在のお母様がお父様の血統を堕落の血統だと発言されていることを完全に無視していることを指摘しておきます。

 

①お母様の「クリスマス発言」

「私は生まれた時から原罪がない。お父様には兄弟がいる。お父様に原罪がなければお父様の兄弟たちも原罪がないではないのか?私には兄弟がいない。また、お父様には私生活がある。私にはそれがない。きれいだ」

 

これは20161225日および30日の、非公式な場でのお母様の発言ですが、参加した方の報告で明らかになったことです。映像などの記録は確認できませんが、内容的には非常に深刻であることを理解していただけると思います。

 

②金ジンチュン教授の論文

以下は、今年2月の孝情学術院国際学術会議において、金ジンチュン講師が発表した内容の要点です。

 

「真のお母様が強調するように、これからは真実をあかさなければいけない時になった」

1)真のお父様は神様の血筋で生まれたのではなく、堕落の血統を通して生まれた為、接ぎ木されなければならない。(資料243頁)

2)真のお父様は、イエスからメシヤの使命を引き継ぐことにより、独生子の位置を相続して、サタンが讒訴することのできない天の血統を持つようになった。(資料240頁)

3)真のお母様は、天の血統を持って生まれたので、原罪がない独生女の立場で誕生した。(資料248頁)

4)真のお父様は、神によって準備された真のお母様に会って、1960年子羊の宴をすることにより、創造本然の完成人間である真の父母となった。(資料248頁)

 

このような重要な国際学術会議において、今までの原理を覆すような発表を、お母様の許可なしにできるはずはないため、「クリスマス発言」と瓜二つのこの内容は、正にお母様の許可を得た、お母様のお考えだと見て問題ないと思われますし、「クリスマス発言」が事実であったことを裏付けるものです。

 

2017329日、韓国の全国公職者総会でのお母様のみ言

「否定できないはずだ。6000年ぶりだ。私を生んでくれた父母がいたが、私は神様を父としって育った。私の祖母も大母様もそのように認めた。神様が私の父。人類のなかで神様を父と知って生まれた人はただ私一人。2000年前のイエス・キリストと。」

 

この部分は家庭連合の公式的な動画などではカットされていますが、youtubeに音声がアップされています。神様を父と知って生まれた存在として、お母様ご自身とイエス様を挙げておられますが、お父様が入っていません。これも、お母様のお父様の血統に対する認識を表しています。

 

以上を見れば、現在、お母様ご自身が、お父様の血統を堕落の血統だと考えておられることは明白です。その立場からお父様のみ言を見た時に、私が「お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。」と解釈したことはごく自然なものです。一方、教理研究院の「本当は全く正反対の意味であり、お母様がお父様の血統を疑っているという話ではなく、むしろお母様はお父様が純潔な方であることの証人だ」という解釈は無理があります。

 

徳野会長もそうだったように、教理研究院(家庭連合本部)は、お母様の「クリスマス発言」が「有った」とも「無かった」とも言わず、無言を貫いています。その理由は、「有った」と言えば、お父様の血統を否定することになり、原理的に説明ができないことを良く分かっているからでしょう。また、「無かった」と言えば、「お父様は原罪あり、お母様は原罪なし」をむしろ全ての食口に教育しようとされているお母様からお𠮟りを受けるからではないでしょうか。

 

二、私が引用したみ言の翻訳が、「悪意のあるみ言の改竄、誤訳」であったかどうか

 

私のみ言引用(ネット上から引用)を、教理研究院は「悪意のあるみ言の改竄、誤訳」だと総括しています。私の引用したみ言の翻訳について、教理研究院が反論して正しい翻訳だとするものを掲載し、それに対して櫻井正実さんが、「それこそ改竄、誤訳だ」ということで記事を書かれました。

 

私は韓国語ができませんが、櫻井さんの記事を読んで、ある程度理解し、櫻井さんの翻訳が最も信頼できると思いますので、以下に櫻井さんの翻訳の抜粋を載せます。教理研究院が省略してた箇所も補い、意図的に誤訳した箇所は後で指摘します。

 

<以下、御言引用>

「(省略箇所開始-先生がそのように生きましたか?言ってみろと言うのです!-省略箇所終わり)私たちのお母様にも(※①)話してみなさい。いいかげんに生きているか。お母様も38度線を越えねばならないのです。『あなたはあなたの行くべき道があり、私は私の行く道がある』といって行ってみなさい、分かれたでしょう(※②)1パーセント、0.何パーセントの差が開いても分かれるのです。天国の門に共に入っていかねばなりません。堕落するとき、(アダムとエバは)一緒に堕落しました。一緒に追い出されたのです。地獄の底まで一緒に行ったのです。「先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?」というのです。皆さんは、そのようにいう自信がありますか?(※③)

 

(省略箇所開始-16歳で堕落したら堕落する前のエバの名をして、その次にアダムの代身の位置で歴史時代の代表として責任を持ち、蘇生段階の代表者、長成段階の代表者、完成段階の代表者、全部みな8段階を越えて行くことのできる6000年その代表の血筋を清めずしてどのように代身の神様の血筋を連結させることができますか?(※④-1)-省略箇所終了)

 

原理を解釈することもできない人々が、何、先生は純血か、何の血か(※⑤)。私はそれを知っているので、この場に来ないようにしようと思いました。そこに行かないようにしようと思いました、汚らわしいことを知っているので。何、先生の血が、どうしたというのですか。堕落の前に、血を汚しましたか(※④-2)」

<御言引用終わり>

 

①教理研究院の意図的誤訳その1

ここで、教理研究院は「어머니보고도」という「お母様にも」としか訳せない箇所を「お母様についても」と意図的に誤訳しています。そうすることで、その後の「話してみなさい。いいかげんに生きているか。」の箇所を、「お父様と同様に、お母様もいい加減に生きていない」という意味にしたかったようですが、意図的誤訳です。

 

教理研究院が削除したその直前の部分で、お父様がご自分の生き方を「先生がそのように(いい加減に)生きましたか?言ってみろと言うのです!」と、食口たちに返答を求められ、「私たちのお母様にも話してみなさい。いいかげんに生きているか。」と、「お母様に聞けば、お父様がいい加減に生きてきたかどうかわかる」と語っておられるというのが、正しい理解です。

 

②教理研究院の意図的誤訳その2

まず、38度線とは朝鮮半島の南北を神側・サタン側に分断する国境線です。故にお母様が38度線の向こう側にいて越えて来なければならないということは、この表現自体が、真の父母が神側・サタン側に分断されていることを示しているのではないでしょうか?

 

その上で、教理研究院は「갈라졌지」という、「分かれたでしょう」とか「分かれたんだね」(いずれにしても過去の出来事)としか訳すことができない部分を、「分かれてしまったことでしょう」と敢えて仮定形に誤訳しています。仮定形にすることを通して「(もしも)『あなたはあなたの行くべき道があり、私は私の行く道がある』といって行ってみなさい、(もしそうしたら)分かれてしまったことでしょう」という風に解釈し、真の父母様は分裂しているのでなく、一つなのだ、という風に、無理に正反対の解釈へと誘導しています。一つであるのならば、お母様が38度線の向こう側にいるということはあり得ないことです。

 

③教理研究院の無理な解釈

「『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』というのです。皆さんは、そのようにいう自信がありますか?」

ここで、『』の中の言葉は、お父様の血統は堕落の血統ではないかと疑っている言葉です。私はこの言葉はお母様の言葉だと主張しましたが、教理研究院は食口の言葉だと無理な解釈をしています。以下に、私の解釈が妥当だと考えられる理由を述べます。

 

1)その直前の話の内容が、お母様が38度線の向こう側にいるという内容、あるいはアダムとエバが一緒に堕落したので、お父様とお母様が完全に一つになって越えなければ、という内容です。また、その直後の話の内容が、お母様は堕落前のエバ、お父様は本然のアダムの代身という内容になっています。この二つの内容に挟まれたところに、突然、食口の言葉が挟まれていると考えるのには文脈上、無理があります。前も後もずっとお母様の話、あるいはお父様とお母様の一体化の話をしていたのですから、真の父母様が一つになられる上で問題が生じている例として、お母様が『先生(お父様)は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』と聞いた、と言及されているのです。

 

2)もしもこれが食口の言葉だとすれば、「(食口たちが)『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』というのです。皆さん(食口たち)は、そのようにいう自信がありますか?」という風になり、お父様が改めて「皆さんは」と言っているのが不自然になってしまいます。一方、お母様の言葉だとすれば、「(お母様が)『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』というのです。皆さん(食口たち)は、そのようにいう自信がありますか?」となり、自然です。

 

教理研究院は「先生は…」という表現から、これは食口が言った言葉だと主張していますが、食口の前で話しているのですから、お母様が言ったとしても「先生は…」と表現して何ら不思議はありません。

 

3)なにより「クリスマス発言」で、お母様ご自身が、お父様の血統を堕落の血統であると語っておられるのですから、そのことから考えても、『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』と聞いたのはお母様である(2009年当時からお母様のお考えの中にお父様が堕落の血統を受けて生まれたという考えが存在した)と解釈するのが妥当です。

 

④「クリスマス発言」とつながるみ言の省略

教理研究院は④-1のみ言を省略しています。この部分でお父様は本然のアダムの代身として、16歳以前の蘇生段階、長成段階においても、神の血統を連結して誕生し成長されたことを語られています。つまり、上に紹介した金ジンチュン教授の論文のように、お父様が堕落の血統で生まれ、16歳でイエス様の使命を引き継いだ時に神の血統へと転換されたという論議が、統一家の中枢ではこの当時(2009228日)から既にあったということになります。

 

このように教理研究院が削除した箇所を補うと、④-2でお父様が「何、先生の血が、どうしたというのですか。堕落の前に、血を汚しましたか」と語られている意味が分かります。これは、「本然のアダムであるお父様が、アダムが堕落したという16歳以前に堕落の血統であった訳がない」という意味として理解することができます。

 

省略箇所を吟味することで、教理研究院が「クリスマス発言」や金ジンチュン教授の論文との齟齬を心配して敢えてこういった部分を省略した理由が分かります。

 

⑤私が引用した御言の日本語訳の間違い

「何、先生は純血か、何の血か」という部分ですが、私の引用した日本語訳は、「先生が純潔か、何とか潔かと」となっており、これは教理研究院から指摘を受けたように、明らかな誤訳というか、変な訳になっています。しかしこれで、み言全体の意味が変わる訳ではありません。

 

三、松濤本部が、過去にもみ言を意図的に誤訳した事例

 

以上のように、教理研究院がみ言の前に誠実というよりも、組織防衛のために都合の良い翻訳や解釈をしてしまっていることが分かります。それも、櫻井さんの記事を読めば、結構分かりやすい誤訳ですので、お父様のみ言と韓国語に精通する人の目に触れないように祈りながら、ネット上にアップしているのではないでしょうか。

 

私は二年ほど前、お母様の「独生女」のみ言に関して、松濤本部に質問文を繰り返し提出していました。「独生女」について語られたお母様のみ言を調べていく内に、偶然にも松濤本部がお母様のみ言を意図的に誤訳していることを発見しました。韓国語ができない私がこれを発見したのは奇跡的な事でしたが、以下に紹介します。

 

①松濤本部が挙げた韓国語原文

「이것은 누구나 없는거야. 독생녀밖에는 못해.독생녀 확정자. 독생자 위치는 2000년에 세워졌어. 아버님은 예수님이 나타나서 당신이 이루지 못한 사명을 맡아주십시오. 그렇게 스위치 거야.

 

②松濤本部による日本語訳(意図的な誤訳)

「これ(祝福)は誰にもできないことです。独り娘になった者しかできません。独り娘の確定者です。独り子の位置は2000年前にすでに立てられています。(再臨主である)お父様にイエス様が現われて、ご自身が成すことのできなかった使命を引き受けてほしいと語られたのです。」

 

ブログgildongに掲載された日本語訳

「これ(堕落の血統を脱がせること)は誰もできないことです。独生女しかにできません。独生女確定者。独生子の位置は2000年前に立てられました。お父様はイエス様が現われ、ご自身が成し遂げられなかった使命を引き受けてくれということで、スイッチ(血統転換)されたのです。」

 

①②はCARPスタッフが利用する掲示板に、お母様のみ言が韓国語と日本語訳の両方、アップされていたものです。①の原文では「스위치 거야」となっています。これは③のように「スイッチされたのです」と翻訳しなければならないのに、松濤本部では「語られたのです」と意図的に誤訳しています。

 

つまり「スイッチされた」というこのみ言は、最近、お母様がハッキリ語られるようになった、お父様は堕落の血統で生まれ、16歳でイエス様から独り子の位置を引き継いだ時に神の血統へと転換された(スイッチされた)、ということを表しているみ言です。松濤本部はそれを隠すために、「語られたのです」と翻訳しました。

 

「スイッチされた」の場合、主語はお父様ですが、「語られたのです」という翻訳では主語はイエス様ですから、全く違います。「誤訳」の域ではなく、「捏造」と言えるでしょう。これがどういうことかを説明してくださいという私の質問に対して、松濤本部は未だに無回答です。

 

四、結論

 

以上のように、私が引用したみ言の日本語訳に多少の間違いがあったものの、「お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。」という私の理解は妥当なものです。さらに、お母様の「クリスマス発言」を考慮に入れれば、なお一層、妥当であることが分かります。

 

教理研究院を構成されている先生方は、どうかお母様を神格化せず、お母様にも5%の責任分担があるということを認識され、真の孝行息子としてお母様に侍っていただきたいと思います。お母様がされているお話は、お父様が心配され、禁止されたお話ではないのでしょうか?顯進様は摂理的長子として、「独生女」を語られるお母様に対して、涙を流して心配しておられます。ただ「分派」扱いするだけでなく、顯進様が何を語り、何を成し、如何にお母様を助けて差し上げようとされているかを真っ直ぐに見つめていただけないものでしょうか。

 

以上です。

2017/04/04

祝福家庭セミナー(ハーフデイ)4月16日

2017/04/04

GPC 2017文顕進議長基調講演(3)

シナジーの創出:影響力の拡大

グローバル・ピース財団と多くのパートナーは、人類が直面している最も緊急の問題を解決するために共に努力しています。マニラで開催されるこの会議では、このような努力の事例を集中的に扱う予定です。模範的な事例を共有し現場の声を聞き継続的な変化のための指導者育成と、それに必要なシナジーの創出などに焦点を当てています。グローバル・ピース・コンベンションは優秀な方をパネルとして迎え、様々なフォーラムやワークショップを通し世界平和の構築に必要な、具体的な事柄が実行されるよう促進していきます。今後、コンベンションにおいて論議する内容を簡単に要約したいと思います。

GPF特有の異なる宗教をつなぐプラットフォームは、東西アフリカ紛争地域においてアイデンティティによる葛藤や過激派を、効率的に対処するための手段として活用されています。したがって都市の中の様々な地域社会で、和合を実現するため奨励しています。主要な宗教指導者や実務家たちは、平和構築の戦略、国際宗教の自由に関する主な案件、グローバル倫理のフレームの構築などの事案を議論することです。

 「朝鮮半島統一」セッションには、北東アジアとアメリカの著名な学者の方々が参加されます。この方々は、統一天使の草の根リーダーシップ・ネットワークと統一のためのロードマップと宣言文などを活用しておられます。

 「経済、及びビジネス」セッションでは、フィリピン商工会議所と共同で準備した躍動的な内容と、ASEANの経済開発の可能性の潜在力の噴出戦略を扱う「第2回グローバル・ピース経済フォーラム」が行われます。

 「グローバル・ピース・ウーマン(GLOBAL PEACE WOMEN)」セッションでは「平和と発展のための新しい女性リーダーシップ文化:家庭から世界へ」というテーマで、リーダーシップについて集中的に議論する“女性の指導者総会”と実質的教育のためのワークショップが行われます。

 「教育の革新(TRANSFORMING EDUCATION)」セッションでは、フィリピン教育省やその他のパートナーと共同で準備したセッションとして、第5回国際教授・教育者会議と同時に行われます。学生が一般的、あるいは社会的企業を直接創業する学校のリーダーシップ・創業プログラムである「LEAP HUBS」が紹介されます。本プログラムのパートナーとして、グーグル(GOOGLE)、サムスン(SUMSUNG)、インテル(INTEL)、シスコ(CISCO)、エアテルネットワーク(AIRTEL NETWORKS)と富士通(FUJITSU)などがあり、さらに、ORACLE(ORACLE)は、2017年からGPFケニア支部とフィリピン支部とパートナーシップを結んでおり、ORACLEアカデミーを運営し学生と教師を対象に、DB設計・プログラミング教育を支援しています。

 今回のコンベンションの期間中の3月3日に、 SMケオスとGPFフィリピン支部が共同主催するグローバル・ユース・サミット(GLOBAL PEACE YOUTH ASSEMBLY)がSMモールで開催され、青年代表団も参加予定です。15,000人の若い指導者が「道徳的、革新的リーダーシップ」をテーマにサミットに参加し、本コンベンション、及び2日に開催される“ONE Kグローバル・ピース・コンサート”の熱気が引き続くでしょう。

 アジア太平洋平和・開発奉仕連盟、本コンベンションの主要スポンサーであるIBMのような活発的なな企業パートナーの皆様、そして“ために生きる”の精神に根ざし奉仕文化と市民精神を発展させているグローバル・ピース奉仕団関係者の皆様にこの場を借りて感謝の言葉を申し上げます。大々的な植木イベントに協力してくださったモンゴルのボランティアの皆さんと、ネパール地震被災者支援し、バグマティ川流域浄化作業に参加してくださった「ライズネパール」奉仕団の皆様、誠に感謝申し上げます。
これらの奉仕活動には、インドの衛生・飲料水の供給プロジェクト、東西アフリカ、ブラジル、パラグアイ、アメリカ全土などで進行中である複数のプロジェクトがあります。世界中の人々に必要な支援と奉仕のために、グローバル・ピース奉仕連盟が共に協力しています。奉仕文化の伝播のために、多くの方が模範となり先駆者的精神とサーバント・リーダーシップ(servant leadreship)に心より感謝を申し上げます。

結論
ご列席の皆様、皆様の才能、資源、時間を割いて崇高な大義の実践するために、この場に参席してくださったことを心から感謝申し上げます。「神の下、人類一家族」として生きることが、私たちが最終的に追求する大義であります。日々、発展的な姿と優れたリーダーシップを示しているフィリピン国民の皆さん、心からお祝い申し上げます。多様なグローバル・ピース・フェスティバル、リーダーシップ大会、人格教育、青少年奉仕活動、及び地域社会開発プログラムなどを行い、パートナーと共に設立した当財団を心から誇りに感じます。このような努力によりフィリピンだけでなく、全世界の全ての地域で高いレベルの活動を展開し変化を図ることができるのです。

皆さん、一人ひとりの努力とリーダーシップ、そして奉仕活動は、私たちの教育、企業、そして家庭において革新的な変化をもたらしています。家庭は愛と人格を育てるインキュベーターのような場です。今回の第7回グローバル・ピース・コンベンションは、多数の利益よりも強力な力を生み出す、最も有望な平和と発展のモデルを見て共有することです。これらのモデルを活用し不確実な緊張の暗雲を取り除き、人類を一足発展させる新しい時代を開くことができます。

世界のために人格、奉仕、企業、学術、及び平和のルネッサンスを開いていきましょう。このようは尊い活動を施行するために、皆様の家族や国家に神様のご加護が共にすることを願います。SALAMAT PO - ありがとうございます。<終わり>

2017年2月28日、マニラ・マリオット・ホテル、開会総会にて

2017/04/04

GPC 2017文顕進議長基調講演(2)

道徳的、革新的リーダーシップ

ご列席の皆様、ビジョンを通して私たちが出来ることは何であり、物質を超える世界を見て、どのように世界を変えることが出来るかを洞察することができます。しかしこのようなビジョンが実行されず、理想が具体的に適用されず実現されない場合、永遠に抽象的な理想として残ります。目に見えず、実質的な結果を示すことも難しいのがビジョンです。したがって、変革を求めている指導者は、崇高な理想を受け入れ内在化する人たちであり、どのようにビジョンが実現されるべきかを示す先例を立てる人たちです。

2010年にナイロビで開催されたグローバル・ピース・コンベンションで私が最初に紹介した「道徳的、革新的リーダーシップ」というフレームワークは、この時代に必要なリーダーシップの資質を明確かつ簡潔にまとめています。革新的な技術が、潜在的に人類が直面している多くの難題の解決に大きな助けになったとしても、葛藤と腐敗の根源を解決することはできません。そのため、倫理的で誠実性を備えたリーダーシップが必要です。

 道徳的な指導者は人類の最も基本的な願いが反映された、人類の一生において普遍的原則を遵守し、個人の利益ではなく全体の利益のために、共通のビジョンに基づいて任務を遂行します。道徳的、革新的リーダーシップは、人間が生まれながら持っている創造性を活用できるよう、最も解き難しい社会的課題をも解決していく責任感ある倫理市民として自らを治めることが出来る人です。

 GPFは2010年から、このような道徳的、革新的リーダーシップのフレームワークを様々な会議、フォーラム、及び青年リーダーシッププログラムの場で活用してきました。どのような状況でもGPFが重点を置く点は、指導者の資質です。その指導者が最も重要な目標を達成する資質があるか、はっきりした倫理基準に基づいて創造の可能性を発揮するようにする能力があるかを見るのです。今回もまた、同じフレームワーク内での平和と発展のための新しいモデルを検討する予定です。


コリアン・ドリーム

私の祖国である韓国で、平和と関連する驚くべき事例があります。朝鮮半島の分断と、攻撃的な核実験を敢行する北朝鮮の挑発は、アジアや全世界の平和と安全を脅かす最も緊急の課題です。現状を維持することはできません。古い冷戦時代フレームを脱し韓国国民と周辺国が共に力を合わせ、地域と全人類の運命を開拓してく新しいアプローチが必要な状況です。

2014年の末、韓国語で出版された私の著書である「コリアン・ドリーム(KOREAN DREAM)」と、最近発刊されたその英語版を通して、新たなアプローチのためのロードマップを提示しました。朝鮮半島統一という夢を実現するための、最も重要であり総合的な努力を提案しました。現在、私が提示した方法は「統一を実践する人々(統一天使)」が実践しています。統一天使は1,000団体を超える市民社会、宗教、および非政府機関が「ワン・コリアキャンペーン」を通して、趣旨を共にし協力して行動する、全く新しい形の市民運動連帯体です。グローバル・ピース財団は、韓国に拠点を置き活動している統一を実践する人々の主要なパートナーとして、全世界の同胞社会を中心にその基盤を拡大しています。

 「ワン・コリア」キャンペーンがもたらした進歩と影響力は驚くほどです。今日のコンベンションで韓国で適用されているアプローチと韓国で得られた教訓の多くのを共有します。今からコリアン・ドリームのロードマップの重要な要素を簡単にご紹介します。コリアン・ドリームのロードマップは、他の国や状況にも関連性が非常に高いことでしょう。

 まず第一に、普遍的な原則に立脚したビジョンを共有することが最も重要な出発点です。韓国の夢は歴史的に韓国と北朝鮮国民すべてに定着している倫理的な「弘益人間」と繋がっています。本質的に韓国人のアイデンティティと関連し、全ての人類を利するために生きることを通してその運命を達成させます。植民地統治の痛みを経験した他の国のように、戦争後、韓国は韓国固有の民族的アジェンダを定義しようとしたが、残念ながら再び冷戦時代の地政学的渦に巻き込まれました。現在の分断は第二次世界大戦後、日本帝国の没落を契機に新たな国家モデルを確立しようとしていた韓国人の願いとは程遠い、外部の強大国により強制的に成された構造です。

 第二に、家族制度は国家の礎です。韓国の伝統文化は、大家族に基づき優れた精神を持っています。これらの伝統的な家族制度は、基本的な価値を涵養し人間関係に必要な秩序、安定、そして信頼を学ぶことができます。これらの伝統は、全ての人の福祉と健康な社会のために必要な要素です。

 今日の韓国は、世界的水準のインフラと高度の物質的繁栄に発展した国家の姿となりました。しかし残念ながらも、西欧の文物を無分別に受け入れ外的成長のみに執着した結果、家庭の破綻と大家族モデルの崩壊を面することになりました。また婚姻率と出生率は世界最低水準であり高齢者の自殺率も高く、その他にもいくつかの深刻な社会問題により困難な状況にあります。家族制度を維持することは、国家的な健康においても非常に重要です。

 第三に、信頼性の高い世俗的国家(STABLE SECULAR NATION)建設のために、包容的な精神的環境の構築が必要です。私が特に強調したい部分は、韓国人は自国内で発生した宗教だけでなく、世界の主要な宗教を受け入れ独特の精神的な意識を持っているということです。韓国人が単一民族という点を勘案するのならが、さらに驚くべき事実です。これらの精神的な意識は全ての人類のための模範国家を創建しようという理想を実現するために、過去五千年の歴史の中で発展してきました。このように崇高な理想をもって韓国人たちは、宗教と信仰が国家の運命を決定していくにおいて真なる方向を導いてきました。

 つまり宗教や信仰が、統治とは別ではなかったということです。今日、政?分離の目的を間違った方法で再定義しようとする、現在の西欧型民主主義に注目せざるを得ません。もちろん政教分離の本来の目的は、国家が後援する単一の宗教があってはならないということでしたが今日の広場民主主義には信仰が完全に排除される必要があると解釈されています。人間は本質的に精神的な存在として、高い理想と真実を追求する存在であるため、宗教指導者と実践していく信仰者たちが、安定して倫理的な国家の政治体制に含まれる必要があります。

 最後に、6.25戦争以来の韓国は、極度の貧困状態から抜け出すために国家のアイデンティティを下から確立する必要がありました。当時「セマウル運動」を通じて、韓国の国民は自立の精神と共同体の強靭な精神力を身につけることができました。自立を促し高等教育を奨励し、国家ビジョンを実現するために国家の主人である国民が直接参与するようにしました。これらのすべての要素が合わさって韓国の人的資本が強化されたのです。大義に共感し共にする市民は、肯定的な変化を主導する強力な力となります。

 同じ文脈で、統一されたコリアへの夢を叶えるために共に努力することは、公務員や政策専門家だけではなく、国民皆のための事です。したがって「統一を実践する人々」は草の根市民運動と教育に重点を置いています。従って朝鮮半島統一という大義に、社会各界各層の国民が参加できる場を供えています。「市民の力(PEOPLE POWER)」を活発化し、より大きな大義を達成することができます。北朝鮮のような抑圧的社会で自由の炎を発火させるために、ITとソーシャルメディアを活用することも「市民の力」を活用する良い方法です。

 市民社会組織は、変化に必要な重要な触媒の役割を果たします。北朝鮮と海外同胞までと領域が広くなり、韓国社会の至る所で機関と同盟を構築した大規模な組織で運営されており、統一天使の影響力は徐々に大きくなっています。同様に、世界の市民社会団体が様々な事案で大きな影響を及ぼしています。

 これらの主要な要素を踏み台にし、ワン・コリア(ONE KOREA)キャンペーンは、人類が直面している平和と安全という最大の課題で目に見える進展を見せています。この運動を通して70年余り続いている朝鮮半島分断と紛争を解決するのなら、どの意味のある事か考えてみてください。私たちが主導していく勢いを土台とし、これから世界の人々と国家の支援を必要とする時が来ました。ここマニラで開催されている2017年のグローバル・ピース・コンベンションで、統一を実践する人々とそのパートナーは、「ONE Kグローバル・キャンペーン」を正式に開始したいと思います。キャンペーンの一環として学術会議が開催され、3月2日にはモール・オブ・アジア(MALL OF ASIA)アリーナで「ONE Kグローバル・ピース・コンサート」が開かれます。その場に皆さんを招待したく思います。<続く>

2017/04/04

GPC 2017文顕進議長基調講演(1)

内外貴賓の皆様、ご列席の皆様、
今回、フィリピンのマニラで開催される第7回グローバル・ピース・コンベンション(GPC)に来られた皆様を心から歓迎し、この場に立つことが出来心から光栄に思います。今日この場に、40カ国以上の指導者の方々が集いました。社会の構成員でありながら、政治家、政府官僚、宗教や財界の指導者、教育者、及び市民社会・青年指導者として活躍している方々です。特に共同のビジョンに基づき、平和と繁栄に向けて精進し実現していく準備してきた内容を示すために、今日このような時間を持てる事はとても意味深い事と感じます。

今回の行事のために物心両面で後援してくださった内外、及びパートナー機関と関係者の皆様を始め、国際組織委員会の共同委員長を務めてくださったグロリア・アロヨ(GLORIA ARROYO)元フィリピン大統領と、ビニシオ・セレッソ(VINECIO CEREZO)元グァテマラ大統領にも心から感謝を申し上げます。また、自由という大義と躍動的なアメリカ - アジア同盟関係を支持してくれた、ワシントンDCにある世界的に有名なヘリテージ財団(HERITAGE FOUNDATION)の創始者であり、同志であるエドウィン・プルノ(EDWIN FEULNER)博士にもこの場を借りて感謝の意を表したいと思います。

私の祖国である韓国からも、VIPの方々が参加されました。真の政治家である「統一を実践する人々」の韓和甲(ハン・ファガプ)常任顧問、専任副首相であり現国会議員である金振杓(キム・ジンピョ)議員にも敬意を表します。

また、コンベンションプログラムにも記載されている全世界GPFグローバル・リーダーシップ委員会の委員の方々にも感謝申し上げます。フィリピン教育省、観光庁、フィリピン商工会議所、SMケオス、メディアパートナー、IBM、ワンコリア財団、国連ESCAPなど、数々のスポンサーとパートナーの皆様に特に感謝申し上げたいと思います。この場に集った全ての方々に感謝の拍手お願いします。

歴史的な第7回GPCのため、2009年に第1回GPCの開催地であったフィリピンに再びこのように集まりました。非常に重要な理由があるからです。十数年以上前に予見したように、今アジア大陸と太平洋島嶼国は、グローバルな影響力、機会および躍動の経済の中心地として浮上しています。環太平洋(PN-PACIFIC RIM)の時代とも呼ばれる新しい時代に入りつつ、世界経済の中心軸が大西洋からアジアへと移動しています。特有の地理的、文化的、歴史的背景を持つ東南アジア国家であるフィリピンも今は、地域と世界の平和のために極めて重要な役割を実行する立場にあると思います。

過去のGPCを通して、私は今世紀の未来を決定する上で、南半球の役割が重要であることを継続的に表明して来ました。先進国の成功モデルを反映すると、最適な政治経済システムを迅速に開発することができる点から、南半球の国々の可能性に注目しました。現在その先進国が犯している失敗を、踏襲しない場合において可能な話です。つまり開発が遅れただけに南半球の国々は、国・地理的開発に必要な最適なソリューションを選択することができ、失敗は最小限に抑えることができる機会を得るのです。

東南アジアブロックは、これらの点で最も未来が明るいと言えます。最も活気のあるグローバル海洋貿易の中心地に位置しており豊富な天然資源の宝庫であり、この地域の労働可能な人材は爆発的に増加する傾向にあります。また適当な政府体制の下、比較的包容的な社会・宗教環境を備えた国です。このような理由から、東南アジアブロックのグローバル経済、政治、社会、宗教的な影響力は急速な地域の成長に支えられ、潜在的にさらに拡散される見込みです。フィリピンで起こっている事は東南アジア、汎太平洋地域、アジア全域、そして全世界にまで影響を与えることになる。

このような理由から、今年50回目のアセアン(ASEAN)議長国として、地域の未来を決定するためにより重要な役割を成すべきこの場で、私の第二の故郷とも言えるフィリピンに再び集いました。グローバル・ピース・コンベンションの原則と価値の観点から見ると、神様を中心に家庭を重視するフィリピンで今回のコンベンションを開催することは、ある意味当然な事です。「MAKA-DIYOS、MAKA-TAO、MAKA-KALIKASAN、AT MAKA-BANSA - 神様、人、自然と国家の愛のために」というフィリピンの民族のモットーにも反映されています。本当に美しい表現ではないでしょうか。

今回のコンベンションは「道徳的であり、革新的なリーダーシップ:平和と発展のための新たなモデル」と呼ばれる、今の時期に適切でかつ重要な主題について議論する場となります。約10年前、国連と関連する国際機関は、2030年までに持続可能な開発目標(SDG)を達成するためのキャンペーンを開始しました。本コンベンションは、目標を達成するために必要な技術革新的かつ斬新な多分野の協力モデルを提示することです。同時に、見違える開発だけでなく、自由と個人の権利、正当なガバナンスに基づく真の平和を達成するためには、より根本的な問題を解決する必要があります。

2016年は混乱と課題、変化の時期でした。私たちは歴史的に重要な変曲点に立っていて、アジアからアメリカ、そして世界的にリーダーシップが移り変わる変換の時期に来ています。失敗したトップダウンの発展モデルと既存の状態のみを維持する習慣に対して、急速な社会経済的変化の中に取り残されたり疎外された人々の不満が表出し始め、これらの不満に迎合した運動が勢力を伸ばしています。

グローバルトレンドと技術の発達で、人が互いに異なる文化・経済圏との間の繋がりがより緊密になりました。これらの繋がりにより発展の機会を得たが、一方では様々な人々を統合させなければならない重要な課題を抱えることにもなりました。日々、増大される繋がりにより世界が徐々に「小さく」なる中、国籍、民族、人種、宗教の多様性を受け入れながら、どのように統合を成すことができるか考えたことがありますか。国家の利益と世界の利益が一致しない場合、私たちはどのように調整するべきでしょうか。

政治、または経済的な事項のみを考慮して導出したグローバルな視点やアプローチは、初めから限定され不足な部分が多いことでしょう。国家別の利害関係を超えて進むべき方向や方法を開発してこなかったため、グローバル化するにあたり課題があるのです。今まで、国際的に進んで行くための道徳的・精神的な方法を効果的に正当化した主体はありませんでした。

 私たちに必要なのはシンプルで明瞭なビジョンです。創造主が与えられた基本的人権とすべての人々の精神的・道徳的性質を支持する普遍的原則に基づき、人類共通の本質を描いたビジョンが必要になります。ここで一般的な原則は、日々近づいていく世界で共に暮らし互いに繋がっていく方法を、導く共同の価値に実際に適用することができる原則を意味します。「共同の価値」は、隣人、国家、あるいは世界的な共同体などのすべての社会の主体を、互いに結ぶことができる「接着剤」の役割をすると見ることができます。

 私たちにはそのような統一されたビジョンが必要になります。私たちが持っている共通の人類愛を定義する、明確であり超越的な真実がいかに重要であるかを認識する必要があります。躍動的に繁栄する倫理的な社会の実現に必要な、共通の価値に向かって共感を形成しなければなりません。これらの趣旨によりグローバル・ピース財団を設立しました。共通の人類愛を標榜して、普遍的原則と共同の価値を高揚するビジョンに従い、財団を設立したのです。全世界のコミュニティ、及び国家の平和を促進し、その中で機会を与えるという重大な問題に対処するにおいて、価値に基づいたアプローチを効果的に示す課題が必要になります。ビジョンはシンプルで明瞭です。「国籍、人種、民族、宗教に関係なく、すべての人が神様の下、一家族(ONE FAMILY UNDER GOD)」というのが、まさに私たちが求めているビジョンなのです。

私たちの自由と共通の人類愛を定義する普遍的な原則は、文化圏ごとに異なり定義されることもあるが、それにもかかわらず超越的な真理として明示されることが出来ます。私の祖国である韓国では「弘益人間」という5千年前から伝わる倫理思想があります。インドの場合、古代ヒンズー教の思想である「VASUDHAIVA KUTUMBAKAM」と表示され、アフリカの場合では「UBUNTU」、アメリカの場合では独立宣言に倫理思想が記載されています。

グローバル化という複雑に絡み合いながら徐々に近づく世の中で、普遍的な共同の価値を表現することが急務です。一部ではこれを「グローバル倫理」と呼ぶことがあります。今日、この場でグローバル倫理のコンセンサスを確立するために、過去数十年の間の努力がさらに発展していることを断言することができ、個人的にとても満足しています。特にこの分野の著名な学者であり先駆者である、レオナルド・スウィードラー(LEONARD SWIDLER)博士の功績に感謝申し上げます。スウィードラー博士はコンベンションの期間中「宗教間の平和構築」のセッションで議論をして頂く予定です。超宗教セッションでクリスチャン、イスラム教徒、ヒンズー教徒、及びその他の様々な伝統宗教を持つ人々が集まり、グローバル倫理をさらに発展させるための持続可能な取り組みを開始します。 <続く>

2017/04/03

2017年3月29日 牧会者総会におけるお母様のみ言の音声

2017年3月29日 牧会者総会におけるお母様のみ言葉の音声がYoutubeにアップロードされています。


ーーー(音声の書き起こし)←一部翻訳修正あり
それで、天は2000年前に探すことが出来なかった独生女を探してくる蕩減復帰歴史があった。
それで、唯一6000年ぶりに初めて1943年に誕生した独生女が私だ。否定できないだろう。6000年ぶりだ。
私を産んでくれた親があったけど、私は神様を父として知って育った。私のお祖母さんと大母様もそのように認めた。人類の内、神様を父として知って生まれた人はだた私一人。2000年前のイエスキリストと。
ーーー
お母様が間違った独生女信仰を捨てお父様と一体化した勝利した真の母となられることができますように!

2017/04/01

徳野会長の対策講話に対する反論(2)

徳野会長の対策講話に対する反論(2)

2017331

CARP北日本ブロック長 芳岡隼介

 

前回は私の声明文に対する徳野会長の対策講話に対して、み言を中心として反論をしました。前回のポイントは以下の四点でした。

 

一、徳野会長はお母様の「独生女」論と「クリスマス発言」に一言も触れていない。

二、徳野会長は私のイメージを下げるために、明らかな嘘を語っている。

三、み言より実体が優先であるという主張は詭弁である。

四、結論:徳野会長はお父様とお母様が一体であるという確信が無くなってきている。

 

今回は、2008年~2009年に起こった摂理的混乱と、真の父母様の神格化問題について、述べてみたいと思います。

 

一、2008年~2009年に起こった摂理的混乱について

 

徳野会長は対策講話の中で、「2008年、2009年というのを覚えておいてください。この頃が最終的には一番難しい問題なんです。2008年から2009年。で、この2008年から2009年の頃にですね、顯進様は徐々に、徐々に難しくなっていかれました。」と語られました。

 

実際にこの時期は、國進様が財団理事長、亨進様が世界会長に就任された時期であり、また一方で、顯進様の担当範囲が縮小され、遂にはすべての公職を停止され、最終的に顯進様が家庭連合を去られることになった、大混乱の時期でした。徳野会長は、その時期のご自身の心境に関して次のように語られています。

 

教会側で顯進様や顯進様のグループに対して、これが真実だ、彼らはとんでもない、という内容と、顯進様の方から私に伝わってくる、これが真実だ、徳野さん、騙されちゃいけない、徳野さん、顯進様を信じてください、という情報と180度違う。どっちが本当なのか。芳岡君もこういう場合があったでしょう。何が真実かわからない。わたしもその3か月くらいは、どれが真実かわからないくらい戸惑った期間でした。

 

当時の教会側(家庭連合)から流された情報というのは、指導部であった亨進様と國進様から発信された情報でした。当時はお二人に対する信頼感が高い時期でしたので、多くの指導者と食口たちが、その情報を信じることとなりました。しかし、お二人は今、サンクチュアリ教会におられ、お母様を痛烈なまでに否定されています。今から振り返った時に、当時の顯進様に関する情報は、本当に正しいものだったのでしょうか?私はそうは思いません。

 

私は2008年~2009年に統一家の中枢で混乱が起きた際、その場に居合わせた者ではありませんので、当時の出来事一つ一つについて細かい言及をするつもりはありません。ただ、私自身はお父様の聖和以降、家庭連合と顯進様サイド、双方の主張を比較しながら、多くの点において顯進様サイドの主張の方が納得できるという結論に至りました。今回の私の反論を通して、皆さんに2008年~2009年の大混乱期に、一体何が起こったのかという真実に今一度関心を持っていただき、お一人お一人に祈り、考えていただくきっかけになればという思いで、最低限のポイントとなる点を指摘したいと思います。

 

l  仁進様の米国総会長人事はお父様の意に反して秘密で行われた

 

2008年当時、家庭連合側では、「お父様によって仁進様が米国総会長に任命されたにも関わらず、顯進様が総会長を降りずに、争っている」という情報が流れました。これは本当だったのでしょうか?以下は、当時の出来事を時系列で並べたものです。(出典:『統一教会の分裂』107154ページ、および「文顯進様を支持する有志の会」ホームページ-資料室-客観的な事件やみ言葉の時系列の整理)

 

2008729日、亨進様の公文により、仁進様が米国総会長の任命を受ける。それまでは顯進様が米国の最高責任者であり、その下で金炳和大陸会長夫妻が担当する立場であったが、亨進様の公文は、仁進様の地位と役割がどのようなものなのか不明瞭であった。そこで金炳和会長がお父様に直接確認したところ、お父様は、仁進様は総会長(Chairman)ではなく、祝司長(牧師)であると語られた。

2008924日、コディアックでの訓読会の際に、金炳和会長は米国総会長は顯進様であるというお父様のご意向を仁進様に伝えて差し上げたが、仁進様は受け入れなかった。

2009221日、お父様は改めて、米国の全体責任者は顯進様であり、仁進様は祝司長なので牧会に専念しなければならないと語られた。朱東文氏がこれを顯進様側にも伝達した。

2009223日、國進様の指示を伝える公文が発表され、仁進様が米国総会長であることに念を押すものであった。

 

以上の流れを見ると、私達のような末端の食口までも、米国総会長は仁進様だと思っていて、それに対して顯進様が指示に従わないなどと聞かされている時期に、お父様だけが、顯進様が米国総会長だと思っておられたということになります。今から振り返ってみた時に、亨進様が出した公文、人事措置は、本当にお父様の確認を取り、裁可を得たものだったのでしょうか?極めて疑わしいと言わざるを得ません。

 

l  顯進様がクーデターを起こすために、米国理事会を勝手に変更?

 

上で述べた仁進様の総会長人事とも関連する出来事ですが、対策講話の中で徳野会長が次のように語られています。

 

アメリカ統一教会の理事会を顯進様のグループが牛耳ろうとする試みがあったんです。それでお父様はそのことを聞かれて、カンカンに怒られているわけです。それで集まったのが、2009年の38日、これが有名な束草事件なんです。」

 

徳野会長は当時、亨進様が世界会長であった家庭連合本部からの情報をその如く信じて上のように語っておられるのだと思います。しかし、以下の時系列を見れば、信憑性に疑いが出てきます。(出典:『統一教会の分裂』107154ページ、および「文顯進様を支持する有志の会」ホームページ-資料室-客観的な事件やみ言葉の時系列の整理)

 

2008729日、仁進様が米国総会長に任命される(亨進様の公文)

2008822日、仁進様が米国理事会を招集、理事の大部分を変更。

2008823日、理事の変更を聞いたお父様がこれを認めず、原状復帰を指示。ところが仁進様は一部だけ元に戻し、大部分はそのままにされた。

2009221日、朱東文氏がお父様に確認したところ、やはり顯進様が総会長であるとされた。亨進様も顯進様が米国総会長というお父様の意向を知っていたが、発令せず。

2009223日、石チュノ世界宣教本部副本部長による二つの公文が発表される。一つ目は國進様の指示を伝えるもので、仁進様が米国総会長であることに念を押すものであった。二つ目は、亨進様が世界会長としてお父様を代身するため、顯進様の上官であるというものであった。

2009224日、上の二つの公文を知った顯進様は、お父様の指示が通らない状況に対して、米国統一教会理事会をお父様の指示通りに戻すことを決心され、理事会を招集された。しかしこれを「顯進様が米国理事会を勝手に変更しようとしている」「お父様の権威に対する挑戦」「兄弟間の争い」と報告され、國進様は「顯進様によるクーデター」と強く非難された。

 

徳野会長の「アメリカ統一教会の理事会を顯進様のグループが牛耳ろうとする試みがあったんです。」という言葉はそのまま、國進様の「顯進様によるクーデター」という言葉と重なりますので、当時の家庭連合指導部から出た情報が、ほぼそのまま徳野会長の認識になっているということが分かります。

 

しかし上の流れを見ると、亨進様が勝手にお父様を代身する立場に立ち、國進様や仁進様、あるいは幹部が協力して、お父様の願いとは異なる人事措置を展開しておられたことが見えてきます。2009年にはこの後も、亨進様がUPF世界会長に就任してしまう(お父様は否定されるが、人事は撤回されず)など、重要な人事に関してお父様の意向が通らないということが続きました。虚偽の報告と人事権の濫用を通して、一体誰が「お父様の権威に挑戦」し、「クーデター」を起こしたのか、改めて考えさせられます。

 

しかし冒頭で述べたように、当時は亨進様に対する信頼感が非常に高い時期でしたので、世界本部から出てくる情報を多くの指導者や食口たちが信じてついて行くことになりました。

 

上に私が述べてきたことは、顯進様を支持する人でなくても、理性的に考えれば理解できるのではないかと思います。こういった情報はインターネットを通していくらでも知ることができます。二年ほど前、私は家庭連合と顯進様サイド、双方の主張を整理して、松濤本部の太田朝久先生に「顯進様サイドの方が説得力がありますが、反論しないのですか?」という意味を込め、CARP会長を通じて提出したことがあります。しかしそれ以降、家庭連合側がこれに対して具体的な証拠に基づいて反論をしたのを見たことがありません。

 

その代りに、反論できないものに対して家庭連合が絶えず行ってきたのはイメージ戦略です。とにかく「分派」「お父様の指示に従わなかった」「彼らの主張はでっち上げ」というイメージを植え付けることで、食口たちがこういった情報に触れないようにさせるということでした。

 

二、2009年の徳野会長の「判断」について

 

上述してきたように、徳野会長は2009年に、180度異なる情報が錯綜する中で、当時のご自分の心境を以下のように語られています。

 

何が真実かわからない。わたしもその3か月くらいは、どれが真実かわからないくらい戸惑った期間でした。ただ、幸いにも、わたくしの場合はお父様とお会いする機会が、その後もあったので、実際にお父様にお会いしました。もうお父様の判断に委ねるしかない、・・・(中略)・・・顯進様の今の信仰姿勢、あるいは在り方、活動のし方、これを良しとしているのか、だめだと思っているのか、良しとして肯定的に評価しているのか、いけないと思って評価しているのか、これに委ねるしかないと思って、わたしは訪韓しました。お父様にお会いしました。お父様は・・・(中略)・・・はっきり言われました。『顯進がやってることは先生の願いでも何でもない』と。

 

当時の徳野会長は、お父様をすぐそばで支えられている亨進様と國進様が、後にサンクチュアリ教会を立てられるということは、夢にも思っておられなかったはずです。また、米国総会長の立場で顯進様との間に混乱が生じていた仁進様が、後に明らかになるように、すでに生活に問題を抱えておられたこともご存じなかったかも知れません。また、お父様のすぐ真横におられるお母様が、後にお父様の血統を否定されるようになるとも、夢にも思われなかったはずです。

 

今から振り返ってみれば、当時、90歳を間近に控えたお父様が、そういった周囲の方々から受ける報告は非常に歪曲されたものだったのではないでしょうか?今から振り返っても、当時、その方々がお父様に虚偽の報告をされていないと言えるでしょうか?

 

それにも関わらず、徳野会長は、「もうお父様の判断に委ねるしかない」と判断されました。これは「従順」と言えば聞こえはいいですが、「無責任」とも言うことができます。つまり、お父様にすべての判断を委ね、もしも失敗した場合には「私はお父様に従ったまでで、私には責任はない」という立場をとった、ということになります。徳野会長ほどお父様と近かった方が、どうしてそのような僕(しもべ)的な姿勢で判断をされてしまったのでしょうか?

 

ご自分で語られている通り、徳野会長は今に至るまで、「とにかく、お父様がこう言った」ということがすべての判断の基準であり、ご自分で事実を細かく探求されてはいないと思います。なぜなら「アメリカ統一教会の理事会を顯進様のグループが牛耳ろうとする試みがあったんです。」というのは、仁進様の総会長人事の経緯も含め、事実を少し探求すればすぐにわかる間違いであるにも関わらず、何の躊躇もなく発言されているからです。

 

三、統一家全体が陥った真の父母様の「神格化」の問題

 

ここからは、2008年~2009年に、どうして上述のような当時の指導部の扇動が可能になってしまったのかについて、真の父母様の「神格化」という問題を指摘したいと思います。

 

キリスト教の信仰では多くの方々が、イエスは神であり、その神が受肉して人間の姿で顕現され、十字架で全人類の罪を贖ってくださったと考えています。そのようなキリスト教の信仰を正そうとしたのが『原理講論』であったはずです。キリスト論によれば、再臨主であるお父様は第三のアダムであり、完成されたとしても、あくまでも一人の人間です。

 

キリスト教の中でイエス様のイメージが神格化されていった如く、統一教会の中でもイエス様のイメージにお父様を重ねることで、お父様のイメージが神格化されていく傾向が間違いなくあったと思います。お父様のエピソードには、確かに時によってお父様が超人的な能力を発揮されたというものがあります。しかしそれがいつもではなかったし、神様のように全知全能ですべてを知っておられたわけでもないはずです。

 

自叙伝を読めば、少年時代のお父様も、一生懸命に勉強されなければ日本語を上手に話せませんでしたし、真理を解明するために日本に留学して勉強され、様々な経験を積まれる必要がありました。要は、初めから神様のようにすべてをご存じではありませんでした。

 

お父様に近かった指導者の方は、お父様と議論されながら、お父様が人の話をよく聞かれ、「そうか」と言って途中でご自分の考えを変更されるのを何度も見てきたと言われます。お父様も、側近の方々の情報をもとに判断されるのです。

 

次に、私達がよく視聴する1988年の神の日の祈祷では、「お父様、私も60代を越え、限界線が遠くない明日を眺めながら、70代へと綴られる人生の路程がいかに惨めか感じるときが多いのです。私が若かったならば、もっと大胆に世界に影響を及ぼしたろうと思う時・・・」と祈られています。

 

自叙伝でも、年を取られてからは目が悪くなり、ご自分の足の爪が見えないのでお母様に切ってもらっているという風に語られています。

 

つまり、お父様は明らかに一人の人間としての限界を持っておられるし、歳を取られれば、それだけ若い時と比べて色々な面で能力も衰えて来られるということを認めておられるのではないでしょうか?

 

お父様のメシヤ性というのは、びっくりするような超人的な能力にあるのではなく、真の家庭を完成させ、四大心情圏と三大王権を完成させ、全人類が従うことができる先例を立てることで、地上天国の門を開かれることにあるのではないのでしょうか?それは、超人的な能力が一つもなくても、真の愛があれば可能なことです。それが、『原理講論』が打ち立てたメシヤ観ではなかったでしょうか?

 

私が今まで何人かのリーダーと話した際、「顯進様サイドの人は、お父様はもうろくして判断を誤ったと言って馬鹿にしている」と批判するのを聞いたことがあります。しかし私は、お父様も一人の人間としての限界を持っておられ、歳を取られれば能力も落ちてくるというのは、決して顯進様サイドの話ではなく、『原理講論』に基づいて考えた結果であると思います。ところが『原理講論』を学んできたはずの食口たちが、いくつかのエピソードの影響で、勝手に『原理講論』を離れ、お父様を神格化(全知全能で間違えることがない)して理解してきたのではないかと思うのです。

 

ですから多くの食口が、「(すべてを知っておられるはずの)お父様が、顯進様についてこう言われた!」という指導者の言葉に弱いのです。また指導者自身も、お父様を神格化して理解していた可能性が高いです。私が今まで議論してきた責任者も、私がいくつかの証拠を挙げながら話すと言葉に詰まり、最後には決まって「それでも顯進様がお父様の言葉に従わなかったのが問題だ」と答えました。

 

さらに、神山威先生はお父様とのやり取りを以下のように記録されています。

 

「私も涙ながらに『お父様はどうして間違った情報や、それを報告する人を信じるのですか?』と真剣にお聞きしました。お父様はこう言われました。『先生は疑って人の話を聞くことができない。疑うということは堕落圏でのできごとだ・・・。騙された人、騙した人。神様からみたらどちらが正しいか!正しい立場の人を騙したらかならず審判をうける。蕩減しなければならない・・・』と。 私が『お父様に間違った報告がなされ、お父様から叱られると嫌な思いをしますが』と正直に尋ねますと、お父様は、『その環境を受け止めておけ。いろいろな問題を解決する蕩減条件と思って・・・。時が解決するから・・・。』と言われたのです。」(「歴代会長及び有志代表による声明文」に対する反論その1より)

 

これを見ると第一に、お父様は「疑って人の話を聞くことができない」ため騙されることがある、ということ、第二に、お父様は、間違った報告を受け誤解して人を叱ることがある、ということを認めておられることが分かります。

 

再臨主であるお父様を神格化して見つめがちであった私達ですが、皆様に以下のことを理解していただきたいのです。

 

90歳近くなられたお父様は、実際に周囲の方々のお世話を受けて生活せざるを得ない状況であったため、若い時のようにご自分で現場を視察し、事実を確認することができない立場でいらっしゃり、大部分は報告を通して知り、判断をされていたということ。

②再臨主であるお父様は第三のアダムであり、あくまでも一人の人間であるため、当然ながら、全知全能の方ではないということ。

③お父様も老齢ゆえの能力の衰えはやはり持っておられたということ。

④お父様は再臨主として、嘘の報告であっても、「疑って人の話を聞くことができない」という信念をもっておられたこと。

⑤お父様も虚偽の報告ゆえに本当に誤解してしまうことがあったということ。

 

一般食口ならばともかく、徳野会長ほどの方であれば、以上のようなお父様でいらっしゃることを、ご存じだったのではないでしょうか?そうであるにも関わらず「もうお父様の判断に委ねるしかない」とは、「楽な方を選択した」と言わざるを得ません。本来ならば異なる情報が錯綜する中で、徳野会長ご自身が情報を精査され、お父様に事実を報告した上でご意向を伺うのが、子女としての姿勢ではなかったでしょうか?

 

実際には上のようなお父様であることを、徳野会長を含め、近くで侍る方々は経験上よく知っていたはずです。しかしその一方で、末端の多くの食口は指導者の教育によってお父様を神格化して見つめるようになっていました。

 

統一家全体のこのような状況は、サタンによって大いに利用される可能性がありました。もしも指導部の人々が邪な動機からお父様を利用しようとすれば、虚偽の報告を通してお父様から都合の良い言葉を引き出し、それを食口たちには「(絶対に間違えることのない)お父様がこうおっしゃった」と教育することで、全体を扇動することが可能になってしまいます。悔しいことですが、実際にそのようなことが起こりました。結果的に、お父様が「利用された」ということにもなりますが、これは決してお父様が無能だったというのではなく、「真の愛は、ある意味で非常に偽りに弱い部分がある」というのが、私の考えです。

 

四、結論:お母様の神格化が可能にした「独生女」論と祝福中心家庭の責任

 

2008年、2009年というのは、真の家庭と統一家全体にとって、基元節に向けて非常に重要な時期でした。その時、サタンが真の愛と原理を守られるお父様につけ込み、周囲の人々に侵入して摂理的クーデターを起こしたのです。

 

しかし今、お父様が神山先生に語られたように結果が表れてくる時だと思います。

「騙された人、騙した人。神様からみたらどちらが正しいか!正しい立場の人を騙したらかならず審判をうける。蕩減しなければならない・・・」「その環境を受け止めておけ。いろいろな問題を解決する蕩減条件と思って・・・。時が解決するから・・・。

 

混乱から8年が経った今、お母様までもがお父様の血統を否定される発言をされるようになりました。一方で、誤解と妨害を受けながらも顯進様は模範的な家庭を築かれ、その活動は世界的に驚くべき摂理基盤を築かれました。誰もが冷静に振り返れば、何が真実だったのかがわかる時になってきています。

 

徳野会長は統一運動を代表する指導者の一人として、2009年に「お父様の判断にすべてを委ねる」という「選択」をされました。その結果、「お父様がこう言った」という根拠の下に、当時は亨進様からの情報を信じ、お父様の聖和後はお母様を信じて歩んでこられました。また、食口たちも徳野会長の判断を信頼し、従いました。ところが今、亨進様は去られ、徳野会長ご自身がお母様の「クリスマス発言」によって追い詰められています。家庭連合はお父様を再臨主として信じればお母様の発言を否定することになり、お母様を信じればお父様の血統を否定することになる、という絶対矛盾に陥っています。なぜ、このようになってしまったのでしょうか?

 

基元節までの路程において長成期完成級に該当する2008年~2009年、統一家に巧妙にサタンが忍び寄っていた時に、その分かれ道において徳野会長のされた「選択」が正しくなかったために、今日、たどり着いた先が「クリスマス発言」による行き止まりになっているのではないでしょうか?

 

徳野会長は今、お母様に直接侍られながら、お母様をどのように見つめておられるのでしょうか?統一家全体がお父様を神格化する傾向があったため、妻であるお母様に対しても神格化してとらえる傾向があります。しかし原理から見て、お母様は今、真の家庭を完成させるための責任分担を遂行される過程であり、率直に言って、成功することも失敗することもあり得る立場にいらっしゃいます。

 

お母様の「独生女」発言を、誰もが原理的に理解できないと感じながらも、なぜ何も言わずに今日まで来てしまったのでしょうか?これも、お母様に対する神格化の傾向が大きく作用しています。神格化してしまうと、「お母様が仰ったのだから」と、お母様にも5%の責任分担があるという事実を見失ってしまいます。徳野会長は、真の子女様たちの5%だけでなく、お母様の5%も認識すべきです。

 

顯進様は、何度もお父様と言い争われた姿を通して「不従順だ」と非難されて来ましたが、実はそうではないと思います。顯進様はお父様が虚偽の報告ゆえに重要な判断を誤ってしまわないように、お父様と意見がぶつかっても食い下がって意見をされたそうです。そして今も顯進様は、お母様に真の母として勝利していただきたいという孝の心情ゆえに、「独生女」論に対しては断固として反対し続けておられるのです。これは、本当の孝行息子の姿であり、カインの子女である祝福中心家庭が見習うべき姿勢ではないでしょうか?

 

ちょうど一年前の20163月、全国の青年指導者の会議で徳野会長は、「私は宣言します。天はお母様をお父様と同じ基準において準備された、という確信を私は得ました。」と語られました。これはお二人とも無原罪ということでした。しかし今や、お母様の発言は「お父様は原罪あり、お母様は原罪なし」です。徳野会長が一年前に得られた確信は、お母様を神格化したところからくる、盲目的な確信だったのではないでしょうか?

 

201471日にお母様が初めて「独生女」に言及され始めた当時から、もしも徳野会長が顯進様のように、真の息子としてお母様を見つめ、率直に質問し、話し合っておられたとすれば、今日、お母様がお父様の血統をハッキリと否定されるところまで、「独生女」論はエスカレートしなかったはずです。しかし今からでも遅くはないと思います。重要なのは私のような下っ端の叫びではなく、母の国の会長である徳野会長の決断です。

 

人間の堕落において「善悪を知る木」であるエバが鍵を握っていたように、今日においても間違いなく真のお母様の立場が重要です。そして「独生女」論は大きな分かれ道です。霊界のお父様は「独生女」論を語られるお母様に何と言われているでしょうか?お母様にも5%の責任分担が間違いなくあります。歴史をかけた天宙史的な戦いにおいて、徳野会長がその重責を全うされることをお祈りしています。



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