2016/07/28

四つの基本的質問:その四、祝福家庭の責任は何か②

最後は第四の「祝福家庭の責任は何か」という質問です。皆さんは誰から祝福を受けたのですか。誰の権威によってですか。み旨に一致した人々は真に幸運な人々だと私は説明しました。真の父母様が皆さんを祝福して下さいましたが、その権威は神様から来たのです。神様は、アダムが真の息子としてご自身の権威を正当化すべき責任を履行するという条件の下で、アダムに万物に名前をつけることができる権限を下さいました。神様はその権限をエバに下さいましたか。「独生女」という教会の概念は自然の法度と原理に違反するのです。アダムは神様の男性性相、即ちアイデンティティの根を代表するので神様の権威がアダムに与えられたわけです。種はアイデンティティの根を意味し、それは決して変わりません。これが自然の法度です。神様の祝福が何処にあるのか明らかになるでしょう。真の父母様と真の家庭のレガシーを誰が引き受け保持しているのか、そして特に神様の権威が何処にあるのかが明確になるでしょう。

天の祝福は概念ではなく現実です。特に何も知らずに教会指導者に従っている多くの祝福家庭を思う時、彼らは果してこの世的な基準から見ても真理と正義を発見する為の努力をしてきましたのでしょうか?父母が息子を殺そうとして、弟が兄を殺そうとするのは、堕落した世の中でさえ見られることでしょうか?統一を成すべき統一家でこういうことが発生しているということは実に皮肉なことです。この全ての事態が発生し始めた時に私に従うことが安全でしたか。皆さんの子女たちは教会で祝福を受けることができませんでした。教会は祝福家庭たちが私の所に来ることができないようにあらゆる威嚇を行い、多くの障壁を立てました。私に従う為には命をかけなければなりませんでした。そうではありませんでしたか。

平和メッセージでお父様が持続的に繰り返しておられる聖書の聖句は、「新しい時代の黎明には『生きようとする者は死に、死のうとする者は生きるであろう』という聖句です。だとすると、皆さんは幸運な人々だと思いますか、それともそうでないと思いますか。私は困難や試練を見つめる時は、それを試験だと思います。皆さんは試験を通過しました。試験を勝利すれば、サタンは皆さんに対する如何なる讒訴条件も持つことができません。神様を誠実に信じ侍る姿勢を持ってこそ、天が福を授けることができます。摂理において5%の人間の責任分担の失敗は大きな苦痛を惹き起こします。皆さんが真理と正義の道を歩む時、原理が皆さんの生き方の中でより明確になり実体的になり、神様の祝福がより現実になるでしょう。そして、それは皆さんがより真実で正義のある人になることができるように皆さんの良心を刺激するでしょう。

皆さんの熱い良心が皆さんを主管し始める時、皆さんは真実で正義のある生き方をしようとするでしょう。そういう人が天の福を受けるでしょう。アジュー。私たちの運動において巨大な試練の時であるこの時代は、最高と最悪が両方とも現われる時期です。本当に山羊と羊が分けられる時です。お父様はこの時期に対し警告されました。後天時代は皆さんが神様の摂理に直接貢献すべき時代です。それ故にお父様はこの時代が素晴らしい祝福の時であると同時に恐るべき警告の時であると語られました。皆さんが責任を果たすことができなければ審判を受けるようになるでしょう。したがって祝福を受けたのは機会が与えられたことを意味しますが、その機会を充足させるか否かは皆さんにかかっています。

皆さんの残った人生を通じて死ぬ時まで、神様の拡大された真の家庭の家族として神様と全人類の前に堂々と立つことができる権利を得る為に努力し続けなければなりません。その権利が当然与えられるものと思わないで下さい。その為に皆さんの一生を生きなければならず、そういう生き方が皆さんの立てる伝統にならなければなりません。それゆえ皆さんの子女たちや孫たちも神様を家庭の中心として侍って生きることができるようにしなければなりません。そのようになれば、その家庭は神様から直接祝福を賜るでしょう。(8/2/2015,シアトル)


私たちの運動に起こってきたことを考える時、これは単にサタンの業であるというだけでなく、まさに祝福家庭の現実の反映であるということに気づかなければなりません。ここで羊とヤギの分離が起こります。その決定は神様がするのではなく、皆さんがするのです。後天時代に入り、皆さんには神様の本質、善、恩恵を反映した代表的息子娘になるという責任があるのです。ですから真に成熟した人であれば、それはもはや自分に関することであることを自覚できるのです。それゆえ彼らには自ずと謙遜と感謝が出てくるのです。(8/30/2015、シアトル)


なぜ訓読会が重要なのでしょうか?訓読することが、私たちが理想的な人間となれるように導くものとならなければなりません。訓読のための訓読ではいけません。自分の生活の中で神様のみ旨を実現していけるような神様の対象へと真に生まれ変わるために役立たなければなりません。お父様が教えられた全ての内容とお父様のなされた全ての努力の目的は皆さんを生まれ変わらせることにより皆さんが新しい人生を生きることができるようにすることでした。これは地上に実体の天国を作るという概念につながります。皆さんは、神様が人類に対して抱いておられた理想を代表しなければなりません。それが皆さんの義務であり責任です。そういう文脈の中でお父様の平和のメッセージの5番を訓読してもらいたいと思います。お父様は、天国の市民になるとはどういうことなのかについてのパラダイムを設定しておられます。

まず最初の条件として、神様が皆さんと共に歩まれ、皆さんの人生において皆さんを通して働かれなければなりません。そうするためには、皆さん自身の個人的な努力が必要です。多くの祝福家庭が、祝福という儀式を通過したにも関わらずあまりうまくいっていない理由は、神様がその家庭の中心になっていないからです。神様がその家族一人ひとりの中心になっていないからです。それでどうして成熟した人格を持ち、善の子女を繁殖できるでしょうか。しかし、現在の混乱の中にある教会の指導者たちの状態を考えれば、驚くことではありません。これは天宙的葛藤です。ここが境界点です。いったんそのレガシーを失えば、真の家庭の定着を失い、神様の主権の定着も失われます。たとえ、そういうことを信じたくない無知なメンバーであっても、もしも信じてみて、どうしようもない人々によりハイジャックされたこの教会にしがみついている祝福家庭がいかに愚かであるかを考えたならば、自分たちがどれほどの悪事に加担したのであり、自分が何者であるのかがわかるでしょう。

真実に対し目をつぶり、正義に背を向けた祝福家庭の状態を考えてみてください。互いにその報いを受けているのです。祝福家庭とは本当にこんなものでよかったのでしょうか?私たちの運動は、天の父のみ旨と目的を成就するための運動であったはずです。それがお父様の人生だったのではないでしょうか。それが私が公的使命を受け入れた理由です。それは、天の父のことなのです。自分の実体を見た時に冷水を浴びるように感じるはずです。終わりは来ます。すべての傲慢な陰謀は、この傲慢な人々によって、うそと偽りを駆使することにより、自分達のビジョンを構築しようとしたのですが、天がそれを許可することはないでしょう。神様の権威を継承している人が立ち上がるでしょう。祝福家庭が本当に祝福家庭でありたいと願い、天の祝福を継承することを願うならば、彼らは私に従うしかありません。そうでない場合は、もはや祝福家庭ではなく、自分にふさわしいものを受け継ぐのみです。

それでは訓読会の背後にある意味は何でしょうか?皆さんはこれらの訓読会で教えられている真理を体現した人になることを目指すべきです。生きた証人となるべきであり、それこそが最高の伝道です。祝福について証をするのは、祝福家庭がこうした祝福の理想の通りに生きることができるようにするためです。そうすれば、誰もが祝福を受けたいと思うようになるでしょう。家庭平和協会の根本的な使命は、その根本的なメッセージを考えるなら、それは人々が超えることのできなかった壁を突破することです。「私の家庭は、神様が住むことのできる家庭です」ということが最後に残るでしょう。訓読会は、私たちの継続的な成熟と成長のために重要です。それは、聖餐のようなものです。それが訓読会の背後にある意味です。それはたんに感動して気持ちが高揚するだけのものであってはなりません。もちろんはじめはそのように感じたとしても、それが内面化され、体得されることにより自分がその理想の体現者となることが重要です。(9/13/2015、シアトル)


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