2016/08/07

1.「インサイド・アウト」

個人の霊的成長における四つの教育概念

私達親が、どの様にして自分の子供達に具体的に神様を体験させてあげ、さらに心情の成長を助けてあげるかという課題を扱う時に、とても良い参考になるのは、顕進様がワールド・カープの会長をされていた時に説かれた霊的成長の為の四つの教育概念です。これは「CARP・Epistemology」(カープ式教育的認識論)とも呼ばれ、子供がいかにして経験によって学んでいくかを説明しようとしたものです。それらを「インサイド・アウト(inside-out)」、「チャレンジ・リミテイション(Challenge Limitation)」、「エクスピリエンシャル・ラーニング(Experiential Learning)」そして「レイズアップ・バー(Raise up Bar)」と呼びます。

なぜその様な新しい内容を紹介する必要があるのでしょうか。それは私達が今まで学んできた信仰指導や心霊指導の内容は、どちらかというと万物復帰や伝道活動や教会生活の様な伝統的な宗教生活の中で実践されてきたもので、一般的な日常生活の中では完全には使いこなせないものや、なかなかあてはまらない部分がずい分あるからです。ここで紹介する内容は、以前のような特殊な教会活動だけでなく、一般的な奉仕活動や野外活動、さらには日常的な学校や家庭での生活環境の中でも実践出来る教育の基本概念であり、子供達だけでなく私達親も使える後天時代における信仰生活のガイダンスにもなるものです。

そしてこの内容は真は真のお父様のご指導を、具体的にそして真剣に実践してこられた顕進様の生きた信仰の証でもあるとも言えましょう。以下はその4っつの概念を、私が実際の教育現場で使った経験をもとに、アウトラインとして簡単にまとめてみたものです。もともと高校生以上の子供達の教育を対象としたものですが、中学生からでも十分に使える内容もあります。

インサイド・アウトの意味
私達が色々な活動や環境の中で具体的な内的成長をする時、実際にどの様な不変的原理原則が働いているのでしょうか。先ずその原則を、いままでの教会の組織的活動だけにとらわれず、創造原理的観点から、純粋に再検討してみる必要があります。

その不変的原理原則の最初が、「強調文インサイド・アウト」です。その意味は何かと言うと、私達の活動や生活のなかで起っている全ての内容は、内外の二面性でもって繋がっているという事と、その二面性に於いていつも内的なものがより主体的・原因的であり、外的なものはより対象的・結果的であると言う事です。

つまり、外的なものは基本的には現象結果であり、その前にはいつも内的な原因がある為、私達の内的な勝利基準はいつか必ず個人と全体の外的勝利へと展開していくと言う事です。この様な根本原理は真の御父様がいつも語っておられた「天宙主管の前に自己主管」と同じです。顕進様はそれを「内的勝利が外的勝利になる」とも表現されておれます。

この教育の概念は、内的で原因的なものを主体とし、外的で結果的なものを対象とする、創造原理の中の二性性相の法則が基本になっていることは言うまでもありません。更に、究極的な原因者であり、永遠で不変な価値と幸福を求めている無形なる神の実在を結果的・現象世界の中で経験を通して証明しようする理論的過程は創造原理のそれと基本的には同じです。


インサイド・アウトで教えるポイント
インサイド・アウトで具体的に何を教えるかと言うと、先ず第一に物事を外的に見過ごすのではなく、内的に原因的に見つめる観点(価値観、生活観、人生観)です。そして二番目には、その内的原因をもって他人を批判するのでなく、むしろ自分の中に原因と解決を求め、まず自分から変ろうとする姿勢であります。このような自主的姿勢を顕進様は「オーナーシップ」(主人意識)とも呼んでおられます。正しい内省的観点と正しい自主的姿勢は神や霊界を信じる宗教人だけでなく、全ての良識人も共通して実践するべき生活の基本的姿勢でもあります。


そういう意味で「インサイド・アウト」は先に述べた「価値観教育」(「訓読家庭週報」参照)と繋がっています。ただ「価値観教育」は幼い時から主に親を通して家庭の中で受動的に学んでいくものですが、「インサイド・アウト」はその「価値観教育」の上に成り立っていきながら、更に家庭以外での経験も含めて能動的に学んで行くものと言えましょう。つまり「インサイド・アウト」を中心とした指導は、幼い時から「価値観教育」や信仰教育を通して養ってきた観念的神を、具体的に生きて働く現実の神として、子供達の活動と生活のなかで体験させていく教育指導の第一歩なのです。

インサイド・アウトの実践
私達一世の場合、今までの前線活動や教会生活を通じて、色々な内的勝利圏が外的勝利に展開した事を覚えています。その内的勝利とは、完全投入の基準であったり、一体化の勝利であったり、裁かない心情であったりとか、いくらでも例はあります。私達はそれから来る所の外的勝利を霊界協助とか神体験等と呼んで来ました。そして今、我々は後天時代において、子供達にその様な貴重な体験を、地域の奉仕活動や、家庭をの中の日常生活の中でも経験させようと言う訳です。


原理と霊界がある限り、一般社会においても、偶然には起こりがたい出来事が、実際には色々と日常的に起っているはずです。しかしながら、多くの一般人は、内的に物事の原因を見る眼がなくて、その様な貴重な体験を見逃しているのではないでしょうか。又、たとえ何人かの人が内的、原因的に物事を見る眼があったとしても、その観点や洞察力を通してむしろ他人を分析したり批判するのが普通であり、自己反省したり、自分の責任として自ら先に変っていこうとする人はあまりいないでしょう。

実際、物事の見方(観点)とその取り組み方(姿勢)の違いによって、同じような経験や苦労を通過した人の中にも、ずい分と成長の違いが出てきます。そしてこの事は、わたしたちの今までの前線活動や教会生活の中でも、ほぼ同じ事が言えるのではないでしょうか。極端な言い方をすれば、同じ様な苦労の道を行ったとしても、物事を内的にとらえ自分から変ろうとする人は成長し、色々な霊界協助による神体験も沢山あるはずです。その反対に物事を外的にとらえよく他人のせいにする人は、成長するどころか恨みの多い人生を送り、霊界の協助による神体験も少ないし、たまにあったとしても見過ごしてしまうことでしょう。


ですから子供達に於いても、色々な活動の後や、日常生活の中でいつも、正しい観点と姿勢を指摘し教えてあげなければ、彼らもなかなか気付かないのは当たり前です。反対に、親が時々子供の報告を聞いてあげて、色々な事が起る原因と、彼らがそれに対してどの様に対処し変っていくべきかをタイミングよく話してあげれば、子供達はどんどん吸収していきます。その様にして、子供達は色々な活動や、日常生活の中でいかに自分の内的な姿勢、心情、動機、投入等が外的な実績、環境、人間関係に繋がっているかを目の当たりに見ながら、体験的に神と霊界の存在と原理の真理性に対する確信を深めていくのです。

<親と子の訓読家庭教会>より

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