2016/08/19

1998年副会長就任(4)

1998年副会長就任(4)

「ファミリー」とか「祝福」とか、古いものを取り出して、1990年代あたりから文先生が語った内容を読み返しています。全部を探し出すのはなかなか大変です。でも、探しても、そうした雑誌に、残されていないものがあります。

1999年9月14日、イーストガーデンでお子様たちと指導者たち約20名が参加した訓読会で、自分の名前で祈祷する時代になったことを語られたのが、「主要儀式と宣布式」という本の中に出てきます。

そこで文先生は以下のように語られています。

「神様の失った王権を取り戻し、神様の即位と権限を取り戻してさしあげなければなりません。全て失ってしまったので、民もなく、国もなく、国土もなく、主権もない世界で、主権を取り戻すために、神様が主権を取るまで、その間隔を狭めて. . . 。

アダムとエバは家庭的な時代であって、国家的な時代でも、世界的な時代でもありません。家庭的な時代を超えて、世界的な時代において、全て天国が完成したという条件基盤を満たせる立場に立ち、勝利の覇権基盤を築いたことを中心として、皆さんに譲ってあげたのです。

今や救援摂理時代は過ぎ去るのです。救援摂理の歴史が過ぎ去り、『第四次アダム心情圏時代』に突入するのです。ですから、祈祷するにあたっては、真の父母の勝利圏ではありません。全てを引き継ぎました。ですから、真の父母に代わって、深刻な立場で世界を中心として身もだえしてきたのと同様に、代行的な機関を引き継いだのが私の家庭なので、祝福の中心家庭、某の名前で祈祷しなければならないのです。(中略)第四次アダム圏、心情圏時代に入り、堕落していないアダムとエバが、祝福されて天宙の中心となった家庭圏内に入ったので、『祝福の中心家庭』なのです。」


数日前から書いているこのシリーズで、書こうとしている一つの内容が、いかに旧約、新約、成約と連結しながら世界と天宙にまで連結する摂理と、文先生の家庭での四位基台がなされることが結びつき、その四位基台の成就のためには、神様、父、長男の縦的軸が立てられなければならず、その中で、文顕進会長の立場がどれほど大切で、祝福家庭が命をかけてでも守るべきものであったのか、ということです。

自分の名前で祈祷するということも、この内容に連結していることを、文先生のお話は示していると思います。

「ファミリー」とか「祝福」で探してみると、1999年10月24日のお話として、「第四次アダム圏時代の到来」というお話が出てきます。1998年から2000年あたりは、多くの教会員にとっては、入籍修練会とか、総生畜献納とか、清平修練会というのが掲げられたことが記憶にあるのではないでしょうか?

もちろん、文先生は、皆に恩恵をもたらそうとしていたのですから、私たちに対する恩恵という観点もあるわけですけれども、もっと大切だったのは、神様、父、長男という軸を守ることではなかったのか、と思うのです。

私も見えていなかったと悔いる時があります。1998年の就任式から、文顕進会長がまるで雲の彼方に飛んでいかれたような感じがして、「自分ができることをしよう」という思いから、修練会とか条件というものに、目が行っていたこともあります。

こうしたことを書くのは、今このブログを読んでいる皆さんの多くは、日本にいても、どこにいても、文顕進会長とともに歩んで、摂理の行方を左右する立場にある人たちだからです。

1999年10月24日の「第四次アダム圏時代の到来」の中で、文先生は以下のように語られています。

「第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムを復帰して、この世界的祝福圏を40年目に復帰し、これを全て成し遂げて霊界祝福、地上祝福、赤ん坊時代から青年時代、全てを終えました。

誰が宣布するのでしょうか?神様はできません。真の御父母様だけが、それをするのです。真の御父母様が神様を解放しなければなりません。不幸者を持った父母を解怨するためには、何倍以上の孝子になって、その父母を慰労してこそ解放されるということと同じです。これを知らなければなりません。

第四次アダムとして、この全ての結論を下し、そしてどのようになるのかというと、神様が下にいらっしゃったのが上に上がってこられ、永遠を中心として上がってこられるのです。

中心線を中心として、永遠に継続するのです。そうして、再び8段階を上がっていくので、個人完成、家庭完成、氏族、民族、国家、世界完成、天宙完成、8段階完成時代を迎えて、全世界が、地上世界、天上世界、堕落がなかった全ての時代を精算しなければなりません。全て祝福してあげるのです。わかりますか?

昨日は何の日であるかというと、10月10日から13日目になるのです。昨日が10月10日以降13日目です。“10”と“3”が残っています。これは、イエス様が亡くなった数と同じです。人類の真の御父母様が亡くなられたことを、三十代を中心として開放的『真の父母の日』をここで初めて宣布するのが、第四次アダム圏出発であるというのです。」


当時、統一教会内では、「第四次アダム」というのが何を意味するのか、文顕進会長のことなのか、という議論がありました。

この「第四次アダム圏時代の到来」のお話の中で文先生は、「第四次アダムとして、この全ての結論を下し」と語り、御自分を「第四次アダム」として語っておられると解釈されるお話をしています。

米国のリーダーも、「第四次アダムということについて混乱があるけれども、お父様は、自分のことであると語られた」と教会員に説明していました。

しかし、私は、父子協助、父子一体の観点から、このようなお話を文先生はされたのだ、と思います。

1997年1月1日午前零時「み旨の完成は四位基台完成」という昨日のお話を見れば、「神様も三代の立場にある孫を愛さなければ、あらゆる完成をもたらすことができないという論理が成立する」と文先生は語られています。これを文先生が無視できるはずがありません。さらに、1998年7月の文顕進会長の副会長就任式で、はっきりと第四次アダム圏に関して語られています。

(続く)

<パシセラのブログ>より

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント