2016/11/26

平和のための奉仕


以下のスピーチは2001年7月1日に、顕進様が世界講演ツアーで日本に来られた時に「平和のための奉仕」というテーマで話された基調講演です。今は絶版となった「心情文化の主人」の本に出ています。

2001年顕進様世界講演ツアー基調講演
平和のための奉仕: 理想的な若者と家庭の新しいパラダイム、2001年7 月8日 日本・東京

 世界平和の中心

 今年のテーマは「平和のための奉仕」です。ご存知のように、人類歴史が始まって以来、人類は平和を待ち望みそれを追い求めてきました。しかし不幸にも、最初の家庭が神様から離れてしまって以来、とてつもない悲劇が人類家庭の根底を蝕んできたのです。今日の世界や歴史を通して見られるあらゆる闘争の原因を探るためには、最初の家庭に遡らなければなりません。悪の種は最初の家庭に蒔かれたのです。夫と妻がお互いのために生きず、また親と子がお互いのために生きないだけでなく、兄が弟を殺すという「カインとアペルの悲劇」まで起こったのです。平和に至る道とは何でしょうか。政治や社会、経済の指導者のみならず、高い学歴を持った多くの人々がこの問題に取り組んできましたが、それを解決することはできませんでした。どうしてできなかったのでしょうか。それは、彼らの観点が永遠で絶対的な基準に基づいていなかったからです。もし、未来永劫まで続く真の世界平和に至る方策を見つけ出したいのであれば、現状の中に解決策を求めるだけでは不可能です。神様の御旨から縦的に与えられる解答が必要です。

 もし私たちが世界平和について詰り、しかもそれを実現したいのであれば、その中心には神様がいらっしゃらなければならないのです。世界は闘争の中にあります。それは、家がなく、また中心となる人がいない家庭のようになってしまっているからです。そのような観点から世界を見れば、父母がいない中で争っている兄弟姉妹しかいない状況だと言うことができます。今の世代は特にそうです。人々はますます、世俗的な物質中心主義や自己中心的な個人主義を、あたかも、宗教のように信奉するようになっています。そのような状況下で、どのようにして絶対的な神様を見出すことができるのでしょうか。また、どのようにして理想家庭や真の恒久的平和を見出すことができるのでしょうか。恒久的な世界平和を実現するためには、神様があらゆるビジョンの中心にいらっしゃらなければならないのです。

 私たちは、未来が過去とは全く違うものになるかもしれない、歴史の摂理的転換点に来ています。今日私たちは、聖書的観点での7回目の千年紀、イエス・キリストから数えて3回目の千年紀、そして21世紀という時点に立っていますこれらの数字はとても重要です。3数は完成数です、7数は成就を意味する数です。神様は6日問で被造物すべてを創造され、7日日には休息されました。21数は3の7倍、あるいは7の3倍で、完成数と成就を意味する数の両方を象徴しています。このような数字に関する啓示的内容は、ただ偶然に起こり得ることでしょうか。いいえ、そうではありません。神様の本当に期待される内容が地上で実現されるように、神様の御手が働いて歴史の方向性を形作ってきたのです。

 歴史の背後には神様の摂理があり、人類歴史は神様の計画と共に動いていることを理解しなければなりません。これが、この時代の重要性を実感し、新しい平和時代に入って行くための鍵なのです。


 世界平和に向けての方策:ために生きる

 最初の家庭以来、人類は世界平和を切望してきました。「経済的な手段を通してのみ、平和が実現する」と考えてきた人々も多くいました、未だにそのような考え方をしている人々に対しては、「アメリカや日本、ヨーロッパなどの国々を見なさい。その社会は裕福だが、芯まで腐ってしまっている」と私は言いたいのです。あらゆる近代国家の若者が類を見ないような罪を犯しています。私はアメリカにいる多くの政治指導者と話す機会がありました。彼らは、若者の問で起こっている犯罪がほとんど国家的危機のレベルまで来ていることを知っています。もはや、若者は地域社会やもっと大きな社会のことなど考えてはいません。彼らは自己の欲望や快楽を満たすためだけに生きています。だから、性の乱れや自殺、薬物乱用などの問題が起こるのです。

 人の心を変えるのは、財産や物質的なものではありません。資産が多いことが問題なのではなく、人間の心や魂の扱い方を知ることが本当の問題なのです。自己中心的な個人主義の結果は、個人や家庭、社会の崩壊しかありません。経済的側面だけでは、答を見つけることはできません。それでは、政治的方策についてはどうでしょうか。「弱小な人々に十分な権限を与えれば、彼らは正当だと感じるし、発言力を持つこともできる」と言う人もいます。今まで以上に、若者は大きな政治力と発言力を持つようになりました。しかし、彼らはそれをどのように使っているでしょうか。韓国においても、民主改革をもたらしたのは80年代初期の学生運動でしたが、最近の学生は自分自身のことにより大きな関心があるのです。平和をもたらす方策は政治的なものでも、軍事的なものでもありません。アメリカは世界最強の国ですが、世界中から本当に尊敬される国にはなっていません。

 世界平和をもたらす方策はどこに見出すことができるでしょうか。その答えは、困難な試練や心からの祈祷、そして人類歴史の中で比類なき苦難を通して捜し出された霊的メッセージの中にあります。そのメッセージは1945年当時、戦争の廃墟の中から現れた希望でした。それは、当時は無名で、若く、しかも名もない国、韓国の宗教指導者によって教示されたものだったのです。私の父である文鮮明師は、地上に神様の希望とビジョンを実体的に成就し、世界に真の平和をもたらすという使命を与えられました。ですがら、このビジョンや希望は文師の深い経験と人生路程に根差したもの、なっているのです。メッセージは単純なものでしたが、それを実践する道は困難でした。そのメッセージとは、「ために生きる」ということだったのです。つまり、投入して、投入して、また投入することです!

 その土台の上で、皆さんは個人や国家、そして世界までも動かすことができます。そしてさらに、天宙を勣かすことさえできるのです。半世紀以上前にもたらされたこのビジョンは、歴史上に現れた数多くの非現実的な考えと同じように消滅してしまったでしょうか。いいえ、そうではありませんでした。さらに深く根付いていったのです。人類はこの真理によってこそ、罪の束縛から抜け出すことができるのです。アーメン!

 このメッセージは単なる宗教的なメッセージではありません。宗教的な信念を持っている人だけを対象にしたものではありません。教派や宗教、人種、国籍、民族など、人類を分け隔ててきたすべての障壁を超越する普遍的なメッセージです。ユニバーサル・メッセージなのです、私はこの日本に来て、「平和のための奉仕」ツアーを始めましたが、このツアーのメッセージは、どんな背景を持った人であれ、すべての若者に対して語ることのできるものです。なぜなら、それは「人問とは何か」という核心的問題に触れるものだからです。


 「平和のための奉仕」のビジョン

 私は神様が本来期待していたことを理解しようとしています。人類最初の家庭の中に築かれた関係が、その後のすべての関係を築くための土台となっています。家庭は社会の縮図です。祖父母、父母、子供の三代はすべての世代を象徴します。また、家庭の中には男性、女性という異なる二性もあり、さらに、兄弟姉妹はすべて、個性が違います。

 私は14人兄弟ですから、そのことがよく分かります。一人として、個性が同じ人はいません。彼らは皆、全人類の様々な違いを象徴しています。このように、家庭は人間関係のすべてを象徴しているのです。世界の問題を解決しようとするなら、人類最初の家庭に起こった争いの根源を取り除かなければなりません。家庭が平和世界を築く最初の構成単位であり、基礎なのです。そして、それがコミュニティや社会、国家、ひいては世界の土台となるのです。父母を尊敬し、夫や妻を愛し、かつ尊重し、結婚した後、子供を愛する人は、実体的かつ経験的な知識を得て、その関係を社会やコミュニティに拡大していくことができます。

 理想家庭の中で学ぶことは何でしょうか。真の愛、すなわちために生きることです。父母が子供のために生き、妻が夫のために生き、また子供か他の兄弟姉妹のために生きれば、家庭の中に真の平和が確立されます。そして、それは社会や国家、世界へと実体的に広がっていくのです。これが、今日私かお話したい平和に向けてのビジョンです。これは抽象的なピジョンではありません。他のために生き、他者に投入することを通して、家庭やコミュニティ、社会、そして世界において、実体的に実現できるものなのです。これが「平和のための奉仕」の本質です。

 これまで、人は「平和」について話す時、「奉仕」には触れてきませんでした。また、「奉仕」について話す時、「平和」には言及しなかったのです。今の時は、真の平和に向けてのビジョンを地上に実体的に成就することが可能な時代です。そして、そのビジョンによって、世界中のすべての若者を招集することができる時代なのです。

 さらに、若者を招集するだけではなく、ために生きようとする良心的な人々をも招集します。私は、口本全体に広がって、この国を動かし北東アジア大陸を動かし、さらにヨーロッパやアメリカ、そして世界を全体に向かって行くことのできる、とてつもない草の根運動を起こそうと計画しているのです。もし私たちが「ために生きる」という伝統を実体的に確立することができれば、平和を実現することができるのではないでしょうか。恒久的な平和が築かれた世界を創ることができるのではないでしょうか。それは国籍も民族も、そして文化をも超えた夢です。神様の下に一つの家族世界を実現することは、全人類にとって実現可能な夢なのです。この夢、あるいはビジョンは本当に山をも動かすことができるのです。アーメン!(つづく)

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