2017/04/20

教理研究院への反論

教理研究院への反論

2017419

芳岡隼介

今年の228日~34日まで、私は顯進様のNGOが主催する大会に参加し、声明を出しました。徳野会長は私の声明に対する対策講話をされ、私もそれに反論してきました。最近は松濤本部の教理研究院が、私の声明を取り上げて批判をしています。

 

お父様のみ言を学べば明らかなように、地上天国は真の家庭の四位基台の完成から広がっていくものです。真の家庭の四位基台は、長子である顯進様を排斥しては絶対に完成できません。またカインの子女である祝福家庭は、アベルの子女である真の子女様を通して真の父母様につながるようになっています。それにも関わらず、現在の家庭連合本部がただ教勢の減少を恐れて子女様を「分派」扱いし「見るな、聞くな、行くな」というスタンスを取り、神の摂理を守るのではなく、組織防衛のために動く姿が、非常に悲しく残念でなりません。

 

私は声明の中で、特にお母様の語られる「独生女」のお話に拘ってきました。お母様に勝利していただき、真の家庭の四位基台を完成していただくためにも、お父様の語られたみ言と真摯に向き合って「独生女」論を考えなければなりません。

 

教理研究院は、私が徳野会長への第一の反論で引用したみ言(マルスム選集6082882892009228日)に関して、家庭連合ホームページからリンクされている「真の父母様を中心に一つになろう」というサイトに以下のような反論を掲載しました。

 

分派による「真のお母様」を貶めるための御言改竄の問題 (1)み言の前後の文章を隠し、意味を誤読させる ――み言を正反対の意味に翻訳して悪用

 

教理研究院は、私が意図的にみ言の意味を歪めて正反対の意味にしている、と批判しています。私は韓国語ができないため、お父様のみ言を引用する際に、すでに誰かが日本語に翻訳したものをネット上から引用する、という方法をとっていました。それで私も当初は「私がネット上から引用した日本語のみ言に、すでに意図的な解釈が含まれていたのかも知れない」と考えました。

 

しかし、櫻井正実さんがこの問題についてご本人のブログで言及してくださり、私もその内容を吟味することで、よく理解することができました。結論として、教理研究院の私に対する反論にこそ意図的な解釈や誤訳が存在し、看過できないものであるということが分かりましたので、以下に指摘してみたいと思います。

 

一、教理研究院は、お母様の「クリスマス発言」に一切言及していない。

 

私は、徳野会長への反論の中で引用したみ言を通して、「お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。」と主張しました。

 

それに対して教理研究院は、私が引用したみ言を「誤訳」であるとか、「前後の文章を省いている」などと言いながら、「本当は全く正反対の意味であり、お母様がお父様の血統を疑っているという話ではなく、むしろお母様はお父様が純潔な方であることの証人だというみ言だ」という風に主張しています。

 

この教理研究院の主張には、意図的、且つ明らかな誤訳や、文脈の無視があります。この点は後で言及しますが、まず最初に、教理研究院が「クリスマス発言」を始め、最近のお母様の「独生女」のみ言など、現在のお母様がお父様の血統を堕落の血統だと発言されていることを完全に無視していることを指摘しておきます。

 

①お母様の「クリスマス発言」

「私は生まれた時から原罪がない。お父様には兄弟がいる。お父様に原罪がなければお父様の兄弟たちも原罪がないではないのか?私には兄弟がいない。また、お父様には私生活がある。私にはそれがない。きれいだ」

 

これは20161225日および30日の、非公式な場でのお母様の発言ですが、参加した方の報告で明らかになったことです。映像などの記録は確認できませんが、内容的には非常に深刻であることを理解していただけると思います。

 

②金ジンチュン教授の論文

以下は、今年2月の孝情学術院国際学術会議において、金ジンチュン講師が発表した内容の要点です。

 

「真のお母様が強調するように、これからは真実をあかさなければいけない時になった」

1)真のお父様は神様の血筋で生まれたのではなく、堕落の血統を通して生まれた為、接ぎ木されなければならない。(資料243頁)

2)真のお父様は、イエスからメシヤの使命を引き継ぐことにより、独生子の位置を相続して、サタンが讒訴することのできない天の血統を持つようになった。(資料240頁)

3)真のお母様は、天の血統を持って生まれたので、原罪がない独生女の立場で誕生した。(資料248頁)

4)真のお父様は、神によって準備された真のお母様に会って、1960年子羊の宴をすることにより、創造本然の完成人間である真の父母となった。(資料248頁)

 

このような重要な国際学術会議において、今までの原理を覆すような発表を、お母様の許可なしにできるはずはないため、「クリスマス発言」と瓜二つのこの内容は、正にお母様の許可を得た、お母様のお考えだと見て問題ないと思われますし、「クリスマス発言」が事実であったことを裏付けるものです。

 

2017329日、韓国の全国公職者総会でのお母様のみ言

「否定できないはずだ。6000年ぶりだ。私を生んでくれた父母がいたが、私は神様を父としって育った。私の祖母も大母様もそのように認めた。神様が私の父。人類のなかで神様を父と知って生まれた人はただ私一人。2000年前のイエス・キリストと。」

 

この部分は家庭連合の公式的な動画などではカットされていますが、youtubeに音声がアップされています。神様を父と知って生まれた存在として、お母様ご自身とイエス様を挙げておられますが、お父様が入っていません。これも、お母様のお父様の血統に対する認識を表しています。

 

以上を見れば、現在、お母様ご自身が、お父様の血統を堕落の血統だと考えておられることは明白です。その立場からお父様のみ言を見た時に、私が「お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。」と解釈したことはごく自然なものです。一方、教理研究院の「本当は全く正反対の意味であり、お母様がお父様の血統を疑っているという話ではなく、むしろお母様はお父様が純潔な方であることの証人だ」という解釈は無理があります。

 

徳野会長もそうだったように、教理研究院(家庭連合本部)は、お母様の「クリスマス発言」が「有った」とも「無かった」とも言わず、無言を貫いています。その理由は、「有った」と言えば、お父様の血統を否定することになり、原理的に説明ができないことを良く分かっているからでしょう。また、「無かった」と言えば、「お父様は原罪あり、お母様は原罪なし」をむしろ全ての食口に教育しようとされているお母様からお𠮟りを受けるからではないでしょうか。

 

二、私が引用したみ言の翻訳が、「悪意のあるみ言の改竄、誤訳」であったかどうか

 

私のみ言引用(ネット上から引用)を、教理研究院は「悪意のあるみ言の改竄、誤訳」だと総括しています。私の引用したみ言の翻訳について、教理研究院が反論して正しい翻訳だとするものを掲載し、それに対して櫻井正実さんが、「それこそ改竄、誤訳だ」ということで記事を書かれました。

 

私は韓国語ができませんが、櫻井さんの記事を読んで、ある程度理解し、櫻井さんの翻訳が最も信頼できると思いますので、以下に櫻井さんの翻訳の抜粋を載せます。教理研究院が省略してた箇所も補い、意図的に誤訳した箇所は後で指摘します。

 

<以下、御言引用>

「(省略箇所開始-先生がそのように生きましたか?言ってみろと言うのです!-省略箇所終わり)私たちのお母様にも(※①)話してみなさい。いいかげんに生きているか。お母様も38度線を越えねばならないのです。『あなたはあなたの行くべき道があり、私は私の行く道がある』といって行ってみなさい、分かれたでしょう(※②)1パーセント、0.何パーセントの差が開いても分かれるのです。天国の門に共に入っていかねばなりません。堕落するとき、(アダムとエバは)一緒に堕落しました。一緒に追い出されたのです。地獄の底まで一緒に行ったのです。「先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?」というのです。皆さんは、そのようにいう自信がありますか?(※③)

 

(省略箇所開始-16歳で堕落したら堕落する前のエバの名をして、その次にアダムの代身の位置で歴史時代の代表として責任を持ち、蘇生段階の代表者、長成段階の代表者、完成段階の代表者、全部みな8段階を越えて行くことのできる6000年その代表の血筋を清めずしてどのように代身の神様の血筋を連結させることができますか?(※④-1)-省略箇所終了)

 

原理を解釈することもできない人々が、何、先生は純血か、何の血か(※⑤)。私はそれを知っているので、この場に来ないようにしようと思いました。そこに行かないようにしようと思いました、汚らわしいことを知っているので。何、先生の血が、どうしたというのですか。堕落の前に、血を汚しましたか(※④-2)」

<御言引用終わり>

 

①教理研究院の意図的誤訳その1

ここで、教理研究院は「어머니보고도」という「お母様にも」としか訳せない箇所を「お母様についても」と意図的に誤訳しています。そうすることで、その後の「話してみなさい。いいかげんに生きているか。」の箇所を、「お父様と同様に、お母様もいい加減に生きていない」という意味にしたかったようですが、意図的誤訳です。

 

教理研究院が削除したその直前の部分で、お父様がご自分の生き方を「先生がそのように(いい加減に)生きましたか?言ってみろと言うのです!」と、食口たちに返答を求められ、「私たちのお母様にも話してみなさい。いいかげんに生きているか。」と、「お母様に聞けば、お父様がいい加減に生きてきたかどうかわかる」と語っておられるというのが、正しい理解です。

 

②教理研究院の意図的誤訳その2

まず、38度線とは朝鮮半島の南北を神側・サタン側に分断する国境線です。故にお母様が38度線の向こう側にいて越えて来なければならないということは、この表現自体が、真の父母が神側・サタン側に分断されていることを示しているのではないでしょうか?

 

その上で、教理研究院は「갈라졌지」という、「分かれたでしょう」とか「分かれたんだね」(いずれにしても過去の出来事)としか訳すことができない部分を、「分かれてしまったことでしょう」と敢えて仮定形に誤訳しています。仮定形にすることを通して「(もしも)『あなたはあなたの行くべき道があり、私は私の行く道がある』といって行ってみなさい、(もしそうしたら)分かれてしまったことでしょう」という風に解釈し、真の父母様は分裂しているのでなく、一つなのだ、という風に、無理に正反対の解釈へと誘導しています。一つであるのならば、お母様が38度線の向こう側にいるということはあり得ないことです。

 

③教理研究院の無理な解釈

「『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』というのです。皆さんは、そのようにいう自信がありますか?」

ここで、『』の中の言葉は、お父様の血統は堕落の血統ではないかと疑っている言葉です。私はこの言葉はお母様の言葉だと主張しましたが、教理研究院は食口の言葉だと無理な解釈をしています。以下に、私の解釈が妥当だと考えられる理由を述べます。

 

1)その直前の話の内容が、お母様が38度線の向こう側にいるという内容、あるいはアダムとエバが一緒に堕落したので、お父様とお母様が完全に一つになって越えなければ、という内容です。また、その直後の話の内容が、お母様は堕落前のエバ、お父様は本然のアダムの代身という内容になっています。この二つの内容に挟まれたところに、突然、食口の言葉が挟まれていると考えるのには文脈上、無理があります。前も後もずっとお母様の話、あるいはお父様とお母様の一体化の話をしていたのですから、真の父母様が一つになられる上で問題が生じている例として、お母様が『先生(お父様)は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』と聞いた、と言及されているのです。

 

2)もしもこれが食口の言葉だとすれば、「(食口たちが)『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』というのです。皆さん(食口たち)は、そのようにいう自信がありますか?」という風になり、お父様が改めて「皆さんは」と言っているのが不自然になってしまいます。一方、お母様の言葉だとすれば、「(お母様が)『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』というのです。皆さん(食口たち)は、そのようにいう自信がありますか?」となり、自然です。

 

教理研究院は「先生は…」という表現から、これは食口が言った言葉だと主張していますが、食口の前で話しているのですから、お母様が言ったとしても「先生は…」と表現して何ら不思議はありません。

 

3)なにより「クリスマス発言」で、お母様ご自身が、お父様の血統を堕落の血統であると語っておられるのですから、そのことから考えても、『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』と聞いたのはお母様である(2009年当時からお母様のお考えの中にお父様が堕落の血統を受けて生まれたという考えが存在した)と解釈するのが妥当です。

 

④「クリスマス発言」とつながるみ言の省略

教理研究院は④-1のみ言を省略しています。この部分でお父様は本然のアダムの代身として、16歳以前の蘇生段階、長成段階においても、神の血統を連結して誕生し成長されたことを語られています。つまり、上に紹介した金ジンチュン教授の論文のように、お父様が堕落の血統で生まれ、16歳でイエス様の使命を引き継いだ時に神の血統へと転換されたという論議が、統一家の中枢ではこの当時(2009228日)から既にあったということになります。

 

このように教理研究院が削除した箇所を補うと、④-2でお父様が「何、先生の血が、どうしたというのですか。堕落の前に、血を汚しましたか」と語られている意味が分かります。これは、「本然のアダムであるお父様が、アダムが堕落したという16歳以前に堕落の血統であった訳がない」という意味として理解することができます。

 

省略箇所を吟味することで、教理研究院が「クリスマス発言」や金ジンチュン教授の論文との齟齬を心配して敢えてこういった部分を省略した理由が分かります。

 

⑤私が引用した御言の日本語訳の間違い

「何、先生は純血か、何の血か」という部分ですが、私の引用した日本語訳は、「先生が純潔か、何とか潔かと」となっており、これは教理研究院から指摘を受けたように、明らかな誤訳というか、変な訳になっています。しかしこれで、み言全体の意味が変わる訳ではありません。

 

三、松濤本部が、過去にもみ言を意図的に誤訳した事例

 

以上のように、教理研究院がみ言の前に誠実というよりも、組織防衛のために都合の良い翻訳や解釈をしてしまっていることが分かります。それも、櫻井さんの記事を読めば、結構分かりやすい誤訳ですので、お父様のみ言と韓国語に精通する人の目に触れないように祈りながら、ネット上にアップしているのではないでしょうか。

 

私は二年ほど前、お母様の「独生女」のみ言に関して、松濤本部に質問文を繰り返し提出していました。「独生女」について語られたお母様のみ言を調べていく内に、偶然にも松濤本部がお母様のみ言を意図的に誤訳していることを発見しました。韓国語ができない私がこれを発見したのは奇跡的な事でしたが、以下に紹介します。

 

①松濤本部が挙げた韓国語原文

「이것은 누구나 없는거야. 독생녀밖에는 못해.독생녀 확정자. 독생자 위치는 2000년에 세워졌어. 아버님은 예수님이 나타나서 당신이 이루지 못한 사명을 맡아주십시오. 그렇게 스위치 거야.

 

②松濤本部による日本語訳(意図的な誤訳)

「これ(祝福)は誰にもできないことです。独り娘になった者しかできません。独り娘の確定者です。独り子の位置は2000年前にすでに立てられています。(再臨主である)お父様にイエス様が現われて、ご自身が成すことのできなかった使命を引き受けてほしいと語られたのです。」

 

ブログgildongに掲載された日本語訳

「これ(堕落の血統を脱がせること)は誰もできないことです。独生女しかにできません。独生女確定者。独生子の位置は2000年前に立てられました。お父様はイエス様が現われ、ご自身が成し遂げられなかった使命を引き受けてくれということで、スイッチ(血統転換)されたのです。」

 

①②はCARPスタッフが利用する掲示板に、お母様のみ言が韓国語と日本語訳の両方、アップされていたものです。①の原文では「스위치 거야」となっています。これは③のように「スイッチされたのです」と翻訳しなければならないのに、松濤本部では「語られたのです」と意図的に誤訳しています。

 

つまり「スイッチされた」というこのみ言は、最近、お母様がハッキリ語られるようになった、お父様は堕落の血統で生まれ、16歳でイエス様から独り子の位置を引き継いだ時に神の血統へと転換された(スイッチされた)、ということを表しているみ言です。松濤本部はそれを隠すために、「語られたのです」と翻訳しました。

 

「スイッチされた」の場合、主語はお父様ですが、「語られたのです」という翻訳では主語はイエス様ですから、全く違います。「誤訳」の域ではなく、「捏造」と言えるでしょう。これがどういうことかを説明してくださいという私の質問に対して、松濤本部は未だに無回答です。

 

四、結論

 

以上のように、私が引用したみ言の日本語訳に多少の間違いがあったものの、「お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。」という私の理解は妥当なものです。さらに、お母様の「クリスマス発言」を考慮に入れれば、なお一層、妥当であることが分かります。

 

教理研究院を構成されている先生方は、どうかお母様を神格化せず、お母様にも5%の責任分担があるということを認識され、真の孝行息子としてお母様に侍っていただきたいと思います。お母様がされているお話は、お父様が心配され、禁止されたお話ではないのでしょうか?顯進様は摂理的長子として、「独生女」を語られるお母様に対して、涙を流して心配しておられます。ただ「分派」扱いするだけでなく、顯進様が何を語り、何を成し、如何にお母様を助けて差し上げようとされているかを真っ直ぐに見つめていただけないものでしょうか。

 

以上です。

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芳岡氏の言説によれば、顕進様は朝鮮の南北統一問題にたいして、大きな発言力を持っているとありますが、昨今の不安定な朝鮮半島の情勢に対してはどのように取り組んでいるのでしょうか?
また、このブログで今日発信される内容は芳岡氏の見解が多く、第三者からみればただの内輪揉めにしか見えません。芳岡氏も記事中で教会側の顕進様派に対する除名処分などの対策はやりすぎであると批判されてれいますが、そのようなあちらはこんな所が問題だ、こちらはここが問題だという水掛け論では客観的に見たときにどのような印象を持つと考えられますか。
多くの食口が知らない情報を知るにはいい機会だと思いますが、ブログを見る限りでは行いが野党的に批判、反論しかしていないという印象を受けます。摂理的長子であり、摂理を導かれていると言うのであれば、具体的な実績、またその摂理意義をブログにて公開していただけないでしゃうか?
私自身は現在も一般の教会に通っていますが、もちろん教会内の課題も強く感じますので、教会が良く、所謂分派は悪だと一方的に決めつける事はしていません。しかし、公正な判断材料がなければ、教会の見解に従うしかありません。よって、教会側に対する批判ばかりでなく、具体的実績の公開をされ、多くの食口が判断材料を提供される機会を与えられることを願います。