2017/04/30

真のお父様が立てられた真の愛の基準

顕進様が今年の愛勝日に、真のお父様と興進様が立てられた真の愛の先例と私達祝福家庭の立場について語られましたのでご紹介します。


真のお父様により立てられた先例

天の前に公人として立ち、正しい先例を立てるということは、途方もない十字架であり、大変な重荷です。それがまさにお父様が誠実になされたことでした。そして、もしもお父様がそのような十字架と重荷を負われたとすれば、お父様の子供たちも十字架と重荷を負わなかったと思いますか。

事故の後、お父様が病院に来られた時、お父様は自分の息子を訪ねる前に、興進兄さんとともに車に乗っていた二人の二世を訪ねられました。父親の心としては、何よりも真っ先に自分の息子に会いたかったのではないでしょうかしかも興進兄さんは他の二人よりももっと重傷を負っていました。しかし、お父様は基準を立てて、まずはその子供たちを訪ねられました。それが、カインの子女を愛するということです。お父様はまず神様、そして人類、そして皆さんのことを考えておられたのです。真の家庭に関してお父様がなさったことすべては、皆さんの祝福と人類の祝福のための条件を立てることでした。これが真の家庭の基準です。

私が言ったことを覚えていますか。謙虚と感謝の姿勢を持てと言いました。お父様は謙虚と感謝の基準を維持しておられたと思いませんか。これは個人的には悲しい出来事です。親が子供を失うことは、最も難しいことです。その痛みを皆さんに言葉で説明することはできません。しかし、お父様はそれを受け止め、消化し、天への供え物として返されたのです。

皆さんは私たちの運動が祝福されてきたのは何故だと思いますか。皆さんは真の父母様と真の家庭の前に何を言うことができるでしょうか。皆さんは真の家庭の、天が認めておられる真の犠牲と真の価値を理解する必要があります



真の家庭によって立てられた真の愛の先例

お父様は多くの霊能者たちから、韓国で勝共大会をやれば生命の危険にさらされるという警告を受けました。興進兄さんが真の父母様のためなら自分の命を捨てると言った時に、本気で言ったと思いますか。そのトラックが近づいて来たとき、彼は、自分が衝突の衝撃を受け止め、同乗していた二人の二世の命が守られるようにと、実際に右方向にハンドルを切ったのです。天は、そのような命がけの決意を認めておられると思いませんか。

なぜ私が今年、愛勝日を祝おうとしていると思いますか。興進兄さんは、私たち祝福家庭の先例を立てるために命を捧げました。親孝行とはそのようなものです。それが彼が立てた基準です。これが真の家庭の基準なのです。その犠牲のゆえに、祝福家庭が初めて真の家庭の重要性を認識しました。ですからその犠牲には、このような大きな希望があるのです。皆さんはこれを皆さんの新たな決意と信仰の基礎にすべきだと思いませんか。

最も重要なことは、神様が中心であることです。神様のみ旨を果たさなければなりません。それがお父様の人生の動機であり、私の人生の動機でもあります。

2008年は神様の摂理において非常に重要な時点でした。当時、お父様に宛てた手紙で私は、私たちは分岐点に立っていると述べ、それぞれの道を辿ることによりもたらされる別々の結果について説明しました。もしもその一方の道を、大多数の祝福家庭が選択したように私が選択していれば、私には全ての位置と権力、そして物質的なものが約束されていました。
しかし、私はもう一方の道を選択したのです。正しい基準を立てるために、世界全体の流れに逆行した場合、あらゆる段階でチャレンジに直面します。しかし、私は天の父との約束を守り、お父様の夢を実現するために、死の道を選びました。

私は家族にも裏切られました。しかし、私の家族を守っているのは誰でしょうか。これは基本的な真実ですが、彼らはいつでも私の家族であることに変わりありません。この基本的な真実を理解しているので、状況を消化して彼らを抱くことができないはずがないのです。それは、特に真の愛の基準を守って他の人のために生きることを動機としている人にとっては、自然な愛の秩序なのです。

当時私は息子としてお父様のレガシーを守る責任を果たしていたのです。天はそれを認め、多くの勝利を通して祝福してくださいました。それらの勝利はすべて、真の父母様と真の家庭の正統性を証すものです。そのような基準を立てた人物にとっては、「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きる」という言葉は、概念的なものではなく、事実です。

皆さんは、興進兄さんの犠牲によって立てられた親孝行の先例を目撃しました。彼はまだ大人ではありませんでしたが、とてつもない精誠を示しました。そして今、皆さんは大人になった人によって立てられた真の親孝行の実例を見ているのです。



真の家庭のレガシー

お父様が立てられたレガシーは、天の父の基準である創造目的に根ざしています。神様の創造目的は、理想家庭を築くことでした。したがって、皆さんは、神様の血統が実体化された場である真の家庭の重要性を認めなければなりません。皆さんが真の父母という人物を信じているからといって、天国への道が開かれるのではありません。真の家庭が根なのです。例えで言うならば、たとえその枝が良いものであっても、根が死ねば木全体が死んでしまうのです。ですから、長男として、私は真のお父様のレガシー、つまり、真の家庭を保護しているのです。

真の父母と真の家庭の真の価値は、人類救済の源となる理想家庭の創造に対する正しい先例を立てたことに由来します。それは究極の自己犠牲の人生でした。皆さんはそれが真の家庭のためだったと思いますか、それとも皆さんと人類のためだったと思いますか。それは人類の救済のためであり、皆さんが神様の息子娘の立場に戻ることができるように、皆さんに祝福を与えるためでした。皆さんがその恩恵を受けることができるように、お父様は全ての段階において自分の家族を犠牲にされたのです。皆さんの前には、神様の恵みのふところに戻って新しく出発するための道が開かれています。

私が皆さんを教育する時には、神様の奴隷であるとか、真の父母様に仕える奴隷であるとかいう考え方の束縛から皆さんを解放しようとしています。私は皆さんが神様の真の息子娘になれるように、皆さんを自由にしようとしているのです。言い換えれば、真の家庭が表してきたもの、つまり真の家庭が立ててきた先例は全て、皆さんのため、カインの子女のためのものであり、全人類のためのものでした。それが真のアベルの道です。

皆さんは、祝福家庭は真の家庭を守るべきだと思いますか。皆さんが真の家庭の価値を理解し、それを認めれば、自然と守りたいと思うようになるでしょう。そうすれば、そのような保護は義務感や使命感からのものではなく、誠実さと真の愛から出てくるものとなります。自然と、自分がカインの子女として、アベルの子女と一つにならなければならないことが理解できるようになります。カインがアベルに対して持っている責任の内容が理解できるようになり、それが自分の責任を果たすのに役立つでしょう。

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火の粉を払える 文顕進派は裁判の事を語らなければならない
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-832.html?sp

米本氏のこの記事によれば、教会側とUCI側の裁判はUCI側が不利になってきているのではないかとの見解が書かれています。一方で以前の芳岡氏の記事にはUCI側が有利であると、全く逆の内容が書かれています。何をもってUCI側が有利と判断しているのかを具体的は判決などの情報をあげた上で示していただけないでしょうか?