2017/04/03

2017年3月29日 牧会者総会におけるお母様のみ言の音声

2017年3月29日 牧会者総会におけるお母様のみ言葉の音声がYoutubeにアップロードされています。


ーーー(音声の書き起こし)←一部翻訳修正あり
それで、天は2000年前に探すことが出来なかった独生女を探してくる蕩減復帰歴史があった。
それで、唯一6000年ぶりに初めて1943年に誕生した独生女が私だ。否定できないだろう。6000年ぶりだ。
私を産んでくれた親があったけど、私は神様を父として知って育った。私のお祖母さんと大母様もそのように認めた。人類の内、神様を父として知って生まれた人はだた私一人。2000年前のイエスキリストと。
ーーー
お母様が間違った独生女信仰を捨てお父様と一体化した勝利した真の母となられることができますように!

2017/04/01

徳野会長の対策講話に対する反論(2)

徳野会長の対策講話に対する反論(2)

2017331

CARP北日本ブロック長 芳岡隼介

 

前回は私の声明文に対する徳野会長の対策講話に対して、み言を中心として反論をしました。前回のポイントは以下の四点でした。

 

一、徳野会長はお母様の「独生女」論と「クリスマス発言」に一言も触れていない。

二、徳野会長は私のイメージを下げるために、明らかな嘘を語っている。

三、み言より実体が優先であるという主張は詭弁である。

四、結論:徳野会長はお父様とお母様が一体であるという確信が無くなってきている。

 

今回は、2008年~2009年に起こった摂理的混乱と、真の父母様の神格化問題について、述べてみたいと思います。

 

一、2008年~2009年に起こった摂理的混乱について

 

徳野会長は対策講話の中で、「2008年、2009年というのを覚えておいてください。この頃が最終的には一番難しい問題なんです。2008年から2009年。で、この2008年から2009年の頃にですね、顯進様は徐々に、徐々に難しくなっていかれました。」と語られました。

 

実際にこの時期は、國進様が財団理事長、亨進様が世界会長に就任された時期であり、また一方で、顯進様の担当範囲が縮小され、遂にはすべての公職を停止され、最終的に顯進様が家庭連合を去られることになった、大混乱の時期でした。徳野会長は、その時期のご自身の心境に関して次のように語られています。

 

教会側で顯進様や顯進様のグループに対して、これが真実だ、彼らはとんでもない、という内容と、顯進様の方から私に伝わってくる、これが真実だ、徳野さん、騙されちゃいけない、徳野さん、顯進様を信じてください、という情報と180度違う。どっちが本当なのか。芳岡君もこういう場合があったでしょう。何が真実かわからない。わたしもその3か月くらいは、どれが真実かわからないくらい戸惑った期間でした。

 

当時の教会側(家庭連合)から流された情報というのは、指導部であった亨進様と國進様から発信された情報でした。当時はお二人に対する信頼感が高い時期でしたので、多くの指導者と食口たちが、その情報を信じることとなりました。しかし、お二人は今、サンクチュアリ教会におられ、お母様を痛烈なまでに否定されています。今から振り返った時に、当時の顯進様に関する情報は、本当に正しいものだったのでしょうか?私はそうは思いません。

 

私は2008年~2009年に統一家の中枢で混乱が起きた際、その場に居合わせた者ではありませんので、当時の出来事一つ一つについて細かい言及をするつもりはありません。ただ、私自身はお父様の聖和以降、家庭連合と顯進様サイド、双方の主張を比較しながら、多くの点において顯進様サイドの主張の方が納得できるという結論に至りました。今回の私の反論を通して、皆さんに2008年~2009年の大混乱期に、一体何が起こったのかという真実に今一度関心を持っていただき、お一人お一人に祈り、考えていただくきっかけになればという思いで、最低限のポイントとなる点を指摘したいと思います。

 

l  仁進様の米国総会長人事はお父様の意に反して秘密で行われた

 

2008年当時、家庭連合側では、「お父様によって仁進様が米国総会長に任命されたにも関わらず、顯進様が総会長を降りずに、争っている」という情報が流れました。これは本当だったのでしょうか?以下は、当時の出来事を時系列で並べたものです。(出典:『統一教会の分裂』107154ページ、および「文顯進様を支持する有志の会」ホームページ-資料室-客観的な事件やみ言葉の時系列の整理)

 

2008729日、亨進様の公文により、仁進様が米国総会長の任命を受ける。それまでは顯進様が米国の最高責任者であり、その下で金炳和大陸会長夫妻が担当する立場であったが、亨進様の公文は、仁進様の地位と役割がどのようなものなのか不明瞭であった。そこで金炳和会長がお父様に直接確認したところ、お父様は、仁進様は総会長(Chairman)ではなく、祝司長(牧師)であると語られた。

2008924日、コディアックでの訓読会の際に、金炳和会長は米国総会長は顯進様であるというお父様のご意向を仁進様に伝えて差し上げたが、仁進様は受け入れなかった。

2009221日、お父様は改めて、米国の全体責任者は顯進様であり、仁進様は祝司長なので牧会に専念しなければならないと語られた。朱東文氏がこれを顯進様側にも伝達した。

2009223日、國進様の指示を伝える公文が発表され、仁進様が米国総会長であることに念を押すものであった。

 

以上の流れを見ると、私達のような末端の食口までも、米国総会長は仁進様だと思っていて、それに対して顯進様が指示に従わないなどと聞かされている時期に、お父様だけが、顯進様が米国総会長だと思っておられたということになります。今から振り返ってみた時に、亨進様が出した公文、人事措置は、本当にお父様の確認を取り、裁可を得たものだったのでしょうか?極めて疑わしいと言わざるを得ません。

 

l  顯進様がクーデターを起こすために、米国理事会を勝手に変更?

 

上で述べた仁進様の総会長人事とも関連する出来事ですが、対策講話の中で徳野会長が次のように語られています。

 

アメリカ統一教会の理事会を顯進様のグループが牛耳ろうとする試みがあったんです。それでお父様はそのことを聞かれて、カンカンに怒られているわけです。それで集まったのが、2009年の38日、これが有名な束草事件なんです。」

 

徳野会長は当時、亨進様が世界会長であった家庭連合本部からの情報をその如く信じて上のように語っておられるのだと思います。しかし、以下の時系列を見れば、信憑性に疑いが出てきます。(出典:『統一教会の分裂』107154ページ、および「文顯進様を支持する有志の会」ホームページ-資料室-客観的な事件やみ言葉の時系列の整理)

 

2008729日、仁進様が米国総会長に任命される(亨進様の公文)

2008822日、仁進様が米国理事会を招集、理事の大部分を変更。

2008823日、理事の変更を聞いたお父様がこれを認めず、原状復帰を指示。ところが仁進様は一部だけ元に戻し、大部分はそのままにされた。

2009221日、朱東文氏がお父様に確認したところ、やはり顯進様が総会長であるとされた。亨進様も顯進様が米国総会長というお父様の意向を知っていたが、発令せず。

2009223日、石チュノ世界宣教本部副本部長による二つの公文が発表される。一つ目は國進様の指示を伝えるもので、仁進様が米国総会長であることに念を押すものであった。二つ目は、亨進様が世界会長としてお父様を代身するため、顯進様の上官であるというものであった。

2009224日、上の二つの公文を知った顯進様は、お父様の指示が通らない状況に対して、米国統一教会理事会をお父様の指示通りに戻すことを決心され、理事会を招集された。しかしこれを「顯進様が米国理事会を勝手に変更しようとしている」「お父様の権威に対する挑戦」「兄弟間の争い」と報告され、國進様は「顯進様によるクーデター」と強く非難された。

 

徳野会長の「アメリカ統一教会の理事会を顯進様のグループが牛耳ろうとする試みがあったんです。」という言葉はそのまま、國進様の「顯進様によるクーデター」という言葉と重なりますので、当時の家庭連合指導部から出た情報が、ほぼそのまま徳野会長の認識になっているということが分かります。

 

しかし上の流れを見ると、亨進様が勝手にお父様を代身する立場に立ち、國進様や仁進様、あるいは幹部が協力して、お父様の願いとは異なる人事措置を展開しておられたことが見えてきます。2009年にはこの後も、亨進様がUPF世界会長に就任してしまう(お父様は否定されるが、人事は撤回されず)など、重要な人事に関してお父様の意向が通らないということが続きました。虚偽の報告と人事権の濫用を通して、一体誰が「お父様の権威に挑戦」し、「クーデター」を起こしたのか、改めて考えさせられます。

 

しかし冒頭で述べたように、当時は亨進様に対する信頼感が非常に高い時期でしたので、世界本部から出てくる情報を多くの指導者や食口たちが信じてついて行くことになりました。

 

上に私が述べてきたことは、顯進様を支持する人でなくても、理性的に考えれば理解できるのではないかと思います。こういった情報はインターネットを通していくらでも知ることができます。二年ほど前、私は家庭連合と顯進様サイド、双方の主張を整理して、松濤本部の太田朝久先生に「顯進様サイドの方が説得力がありますが、反論しないのですか?」という意味を込め、CARP会長を通じて提出したことがあります。しかしそれ以降、家庭連合側がこれに対して具体的な証拠に基づいて反論をしたのを見たことがありません。

 

その代りに、反論できないものに対して家庭連合が絶えず行ってきたのはイメージ戦略です。とにかく「分派」「お父様の指示に従わなかった」「彼らの主張はでっち上げ」というイメージを植え付けることで、食口たちがこういった情報に触れないようにさせるということでした。

 

二、2009年の徳野会長の「判断」について

 

上述してきたように、徳野会長は2009年に、180度異なる情報が錯綜する中で、当時のご自分の心境を以下のように語られています。

 

何が真実かわからない。わたしもその3か月くらいは、どれが真実かわからないくらい戸惑った期間でした。ただ、幸いにも、わたくしの場合はお父様とお会いする機会が、その後もあったので、実際にお父様にお会いしました。もうお父様の判断に委ねるしかない、・・・(中略)・・・顯進様の今の信仰姿勢、あるいは在り方、活動のし方、これを良しとしているのか、だめだと思っているのか、良しとして肯定的に評価しているのか、いけないと思って評価しているのか、これに委ねるしかないと思って、わたしは訪韓しました。お父様にお会いしました。お父様は・・・(中略)・・・はっきり言われました。『顯進がやってることは先生の願いでも何でもない』と。

 

当時の徳野会長は、お父様をすぐそばで支えられている亨進様と國進様が、後にサンクチュアリ教会を立てられるということは、夢にも思っておられなかったはずです。また、米国総会長の立場で顯進様との間に混乱が生じていた仁進様が、後に明らかになるように、すでに生活に問題を抱えておられたこともご存じなかったかも知れません。また、お父様のすぐ真横におられるお母様が、後にお父様の血統を否定されるようになるとも、夢にも思われなかったはずです。

 

今から振り返ってみれば、当時、90歳を間近に控えたお父様が、そういった周囲の方々から受ける報告は非常に歪曲されたものだったのではないでしょうか?今から振り返っても、当時、その方々がお父様に虚偽の報告をされていないと言えるでしょうか?

 

それにも関わらず、徳野会長は、「もうお父様の判断に委ねるしかない」と判断されました。これは「従順」と言えば聞こえはいいですが、「無責任」とも言うことができます。つまり、お父様にすべての判断を委ね、もしも失敗した場合には「私はお父様に従ったまでで、私には責任はない」という立場をとった、ということになります。徳野会長ほどお父様と近かった方が、どうしてそのような僕(しもべ)的な姿勢で判断をされてしまったのでしょうか?

 

ご自分で語られている通り、徳野会長は今に至るまで、「とにかく、お父様がこう言った」ということがすべての判断の基準であり、ご自分で事実を細かく探求されてはいないと思います。なぜなら「アメリカ統一教会の理事会を顯進様のグループが牛耳ろうとする試みがあったんです。」というのは、仁進様の総会長人事の経緯も含め、事実を少し探求すればすぐにわかる間違いであるにも関わらず、何の躊躇もなく発言されているからです。

 

三、統一家全体が陥った真の父母様の「神格化」の問題

 

ここからは、2008年~2009年に、どうして上述のような当時の指導部の扇動が可能になってしまったのかについて、真の父母様の「神格化」という問題を指摘したいと思います。

 

キリスト教の信仰では多くの方々が、イエスは神であり、その神が受肉して人間の姿で顕現され、十字架で全人類の罪を贖ってくださったと考えています。そのようなキリスト教の信仰を正そうとしたのが『原理講論』であったはずです。キリスト論によれば、再臨主であるお父様は第三のアダムであり、完成されたとしても、あくまでも一人の人間です。

 

キリスト教の中でイエス様のイメージが神格化されていった如く、統一教会の中でもイエス様のイメージにお父様を重ねることで、お父様のイメージが神格化されていく傾向が間違いなくあったと思います。お父様のエピソードには、確かに時によってお父様が超人的な能力を発揮されたというものがあります。しかしそれがいつもではなかったし、神様のように全知全能ですべてを知っておられたわけでもないはずです。

 

自叙伝を読めば、少年時代のお父様も、一生懸命に勉強されなければ日本語を上手に話せませんでしたし、真理を解明するために日本に留学して勉強され、様々な経験を積まれる必要がありました。要は、初めから神様のようにすべてをご存じではありませんでした。

 

お父様に近かった指導者の方は、お父様と議論されながら、お父様が人の話をよく聞かれ、「そうか」と言って途中でご自分の考えを変更されるのを何度も見てきたと言われます。お父様も、側近の方々の情報をもとに判断されるのです。

 

次に、私達がよく視聴する1988年の神の日の祈祷では、「お父様、私も60代を越え、限界線が遠くない明日を眺めながら、70代へと綴られる人生の路程がいかに惨めか感じるときが多いのです。私が若かったならば、もっと大胆に世界に影響を及ぼしたろうと思う時・・・」と祈られています。

 

自叙伝でも、年を取られてからは目が悪くなり、ご自分の足の爪が見えないのでお母様に切ってもらっているという風に語られています。

 

つまり、お父様は明らかに一人の人間としての限界を持っておられるし、歳を取られれば、それだけ若い時と比べて色々な面で能力も衰えて来られるということを認めておられるのではないでしょうか?

 

お父様のメシヤ性というのは、びっくりするような超人的な能力にあるのではなく、真の家庭を完成させ、四大心情圏と三大王権を完成させ、全人類が従うことができる先例を立てることで、地上天国の門を開かれることにあるのではないのでしょうか?それは、超人的な能力が一つもなくても、真の愛があれば可能なことです。それが、『原理講論』が打ち立てたメシヤ観ではなかったでしょうか?

 

私が今まで何人かのリーダーと話した際、「顯進様サイドの人は、お父様はもうろくして判断を誤ったと言って馬鹿にしている」と批判するのを聞いたことがあります。しかし私は、お父様も一人の人間としての限界を持っておられ、歳を取られれば能力も落ちてくるというのは、決して顯進様サイドの話ではなく、『原理講論』に基づいて考えた結果であると思います。ところが『原理講論』を学んできたはずの食口たちが、いくつかのエピソードの影響で、勝手に『原理講論』を離れ、お父様を神格化(全知全能で間違えることがない)して理解してきたのではないかと思うのです。

 

ですから多くの食口が、「(すべてを知っておられるはずの)お父様が、顯進様についてこう言われた!」という指導者の言葉に弱いのです。また指導者自身も、お父様を神格化して理解していた可能性が高いです。私が今まで議論してきた責任者も、私がいくつかの証拠を挙げながら話すと言葉に詰まり、最後には決まって「それでも顯進様がお父様の言葉に従わなかったのが問題だ」と答えました。

 

さらに、神山威先生はお父様とのやり取りを以下のように記録されています。

 

「私も涙ながらに『お父様はどうして間違った情報や、それを報告する人を信じるのですか?』と真剣にお聞きしました。お父様はこう言われました。『先生は疑って人の話を聞くことができない。疑うということは堕落圏でのできごとだ・・・。騙された人、騙した人。神様からみたらどちらが正しいか!正しい立場の人を騙したらかならず審判をうける。蕩減しなければならない・・・』と。 私が『お父様に間違った報告がなされ、お父様から叱られると嫌な思いをしますが』と正直に尋ねますと、お父様は、『その環境を受け止めておけ。いろいろな問題を解決する蕩減条件と思って・・・。時が解決するから・・・。』と言われたのです。」(「歴代会長及び有志代表による声明文」に対する反論その1より)

 

これを見ると第一に、お父様は「疑って人の話を聞くことができない」ため騙されることがある、ということ、第二に、お父様は、間違った報告を受け誤解して人を叱ることがある、ということを認めておられることが分かります。

 

再臨主であるお父様を神格化して見つめがちであった私達ですが、皆様に以下のことを理解していただきたいのです。

 

90歳近くなられたお父様は、実際に周囲の方々のお世話を受けて生活せざるを得ない状況であったため、若い時のようにご自分で現場を視察し、事実を確認することができない立場でいらっしゃり、大部分は報告を通して知り、判断をされていたということ。

②再臨主であるお父様は第三のアダムであり、あくまでも一人の人間であるため、当然ながら、全知全能の方ではないということ。

③お父様も老齢ゆえの能力の衰えはやはり持っておられたということ。

④お父様は再臨主として、嘘の報告であっても、「疑って人の話を聞くことができない」という信念をもっておられたこと。

⑤お父様も虚偽の報告ゆえに本当に誤解してしまうことがあったということ。

 

一般食口ならばともかく、徳野会長ほどの方であれば、以上のようなお父様でいらっしゃることを、ご存じだったのではないでしょうか?そうであるにも関わらず「もうお父様の判断に委ねるしかない」とは、「楽な方を選択した」と言わざるを得ません。本来ならば異なる情報が錯綜する中で、徳野会長ご自身が情報を精査され、お父様に事実を報告した上でご意向を伺うのが、子女としての姿勢ではなかったでしょうか?

 

実際には上のようなお父様であることを、徳野会長を含め、近くで侍る方々は経験上よく知っていたはずです。しかしその一方で、末端の多くの食口は指導者の教育によってお父様を神格化して見つめるようになっていました。

 

統一家全体のこのような状況は、サタンによって大いに利用される可能性がありました。もしも指導部の人々が邪な動機からお父様を利用しようとすれば、虚偽の報告を通してお父様から都合の良い言葉を引き出し、それを食口たちには「(絶対に間違えることのない)お父様がこうおっしゃった」と教育することで、全体を扇動することが可能になってしまいます。悔しいことですが、実際にそのようなことが起こりました。結果的に、お父様が「利用された」ということにもなりますが、これは決してお父様が無能だったというのではなく、「真の愛は、ある意味で非常に偽りに弱い部分がある」というのが、私の考えです。

 

四、結論:お母様の神格化が可能にした「独生女」論と祝福中心家庭の責任

 

2008年、2009年というのは、真の家庭と統一家全体にとって、基元節に向けて非常に重要な時期でした。その時、サタンが真の愛と原理を守られるお父様につけ込み、周囲の人々に侵入して摂理的クーデターを起こしたのです。

 

しかし今、お父様が神山先生に語られたように結果が表れてくる時だと思います。

「騙された人、騙した人。神様からみたらどちらが正しいか!正しい立場の人を騙したらかならず審判をうける。蕩減しなければならない・・・」「その環境を受け止めておけ。いろいろな問題を解決する蕩減条件と思って・・・。時が解決するから・・・。

 

混乱から8年が経った今、お母様までもがお父様の血統を否定される発言をされるようになりました。一方で、誤解と妨害を受けながらも顯進様は模範的な家庭を築かれ、その活動は世界的に驚くべき摂理基盤を築かれました。誰もが冷静に振り返れば、何が真実だったのかがわかる時になってきています。

 

徳野会長は統一運動を代表する指導者の一人として、2009年に「お父様の判断にすべてを委ねる」という「選択」をされました。その結果、「お父様がこう言った」という根拠の下に、当時は亨進様からの情報を信じ、お父様の聖和後はお母様を信じて歩んでこられました。また、食口たちも徳野会長の判断を信頼し、従いました。ところが今、亨進様は去られ、徳野会長ご自身がお母様の「クリスマス発言」によって追い詰められています。家庭連合はお父様を再臨主として信じればお母様の発言を否定することになり、お母様を信じればお父様の血統を否定することになる、という絶対矛盾に陥っています。なぜ、このようになってしまったのでしょうか?

 

基元節までの路程において長成期完成級に該当する2008年~2009年、統一家に巧妙にサタンが忍び寄っていた時に、その分かれ道において徳野会長のされた「選択」が正しくなかったために、今日、たどり着いた先が「クリスマス発言」による行き止まりになっているのではないでしょうか?

 

徳野会長は今、お母様に直接侍られながら、お母様をどのように見つめておられるのでしょうか?統一家全体がお父様を神格化する傾向があったため、妻であるお母様に対しても神格化してとらえる傾向があります。しかし原理から見て、お母様は今、真の家庭を完成させるための責任分担を遂行される過程であり、率直に言って、成功することも失敗することもあり得る立場にいらっしゃいます。

 

お母様の「独生女」発言を、誰もが原理的に理解できないと感じながらも、なぜ何も言わずに今日まで来てしまったのでしょうか?これも、お母様に対する神格化の傾向が大きく作用しています。神格化してしまうと、「お母様が仰ったのだから」と、お母様にも5%の責任分担があるという事実を見失ってしまいます。徳野会長は、真の子女様たちの5%だけでなく、お母様の5%も認識すべきです。

 

顯進様は、何度もお父様と言い争われた姿を通して「不従順だ」と非難されて来ましたが、実はそうではないと思います。顯進様はお父様が虚偽の報告ゆえに重要な判断を誤ってしまわないように、お父様と意見がぶつかっても食い下がって意見をされたそうです。そして今も顯進様は、お母様に真の母として勝利していただきたいという孝の心情ゆえに、「独生女」論に対しては断固として反対し続けておられるのです。これは、本当の孝行息子の姿であり、カインの子女である祝福中心家庭が見習うべき姿勢ではないでしょうか?

 

ちょうど一年前の20163月、全国の青年指導者の会議で徳野会長は、「私は宣言します。天はお母様をお父様と同じ基準において準備された、という確信を私は得ました。」と語られました。これはお二人とも無原罪ということでした。しかし今や、お母様の発言は「お父様は原罪あり、お母様は原罪なし」です。徳野会長が一年前に得られた確信は、お母様を神格化したところからくる、盲目的な確信だったのではないでしょうか?

 

201471日にお母様が初めて「独生女」に言及され始めた当時から、もしも徳野会長が顯進様のように、真の息子としてお母様を見つめ、率直に質問し、話し合っておられたとすれば、今日、お母様がお父様の血統をハッキリと否定されるところまで、「独生女」論はエスカレートしなかったはずです。しかし今からでも遅くはないと思います。重要なのは私のような下っ端の叫びではなく、母の国の会長である徳野会長の決断です。

 

人間の堕落において「善悪を知る木」であるエバが鍵を握っていたように、今日においても間違いなく真のお母様の立場が重要です。そして「独生女」論は大きな分かれ道です。霊界のお父様は「独生女」論を語られるお母様に何と言われているでしょうか?お母様にも5%の責任分担が間違いなくあります。歴史をかけた天宙史的な戦いにおいて、徳野会長がその重責を全うされることをお祈りしています。



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2017/03/30

朴珍用弁護士の妄言

韓国パイオニアカフェに朴珍用弁護士の妄言という記事がアップされていたので内容を一部要約して紹介する。


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329日、顯進様が関わっている南北統一のためのキャンペーンの一環として開催されたコンサートをKBSが放送した。

 

今回のフィリピンでのコンサートは、今後、南北統一のイシューを世界に広げることのできる足場を構築する大成功を収めた。


ところが同じ日、清平では朴珍用という弁護士が全国の教会長の前で顯進様を相手にしたUCI訴訟に関する不合理な妄言を吐き出した。

 

彼の発言は、少し聞いただけでも前後の合わない主張であり、このような人がどうして弁護士なのだろうかと思うほどである。

 

彼は、「UCI訴訟が20151224日、ワシントンの最高裁において背任横領という判決が下された」と主張した。

 

常識的にいって、最高裁で判決が下されたのであるならば訴訟はすべて終わらなければならないのであるが、なぜ同じ訴訟が続いているだろうか。

 

彼はまた、「裁判所が家庭連合の側に立っている」というふうにも話した。

 

裁判所が家庭連合の側についているのであるならば、とっくの昔に終わっていなければならないのに、なぜ、未だに続いているのだろうか。

 

数年前から、訴訟は終わった、勝ったと主張していたが、一度でも正しかったことがあったのだろうか。

 

彼は、「この訴訟を取り下げると、今後、全世界において誰もが独立を宣布することができるので、それを防ぐためにするのだ」という本当にとんでもない論理まで持ち出した。

 

彼は一度でも、真なる信仰が何なのか、神様と人間、真の父母様と祝福家庭の真なる関係がどのように結ばれるのかを経験したことがなかったようである。

 

これは、権力と法で世界の食口と摂理組織を従属させようという意図にしか見えない。

それだけにまた、教会が自ら摂理的な正当性と権威を喪失したことを自認するものでもある。

 

彼は80歳を過ぎた郭錠煥会長に対し「原理に違反し、真の愛を違反し、孝の概念もない郭錠煥。サタンの息子であると私は思います。サタンの代表者」だと非難した。

 

彼は本当に卑怯な人間である。郭錠煥会長を非難したとして、郭錠煥会長が現在のUCI訴訟とどのような関連があるのかをまず説明してもらいたいものである。

 

第一線から退き、体の不自由な夫人の世話をしながら静かに暮らし、毎週、礼拝に夫人を同行して参加される方である。郭会長の精誠が天に届いたのか、最近では郭会長の夫人がわずかではあるが健康を回復され、語ることも理解され、字まで書かれるという。それだけではなく、共に礼拝に参加する食口とのり巻き一本で昼食を済まされ、食口を励まし、今でも真の父母様と真の家庭のために祈っておられる方である。このような方に対し何を知っているからとそのように軽々しく語るのだろうか。

 

これまで朴珍用弁護士は、郭錠煥会長を相手に十回近くも法律上の訴訟を主導したとされているが、郭会長が一度でも検察から起訴されたり、裁判になったことがあったのか。本当に失礼極まりないない法的攻撃を受けながらも、郭錠煥会長がこれまでに一度でも朴珍用弁護士や他の誰かを法的に反撃したことがあったのか。

 

郭錠煥会長は、朴珍用弁護士が放蕩息子のように世の中を彷徨っていた時、いや、彼が生まれる前から、なんと50年以上も無私の基準で摂理の第一線で真の父母様に侍って生きて来られた方である。

 

朴珍用弁護士は、たとえ郭錠煥会長に過ちがあったとしても、そのように言ってはならない。

 

今日、朴珍用弁護士は信仰人としての基本的な徳目さえ備えていない、恥ずかしい自画像をそのまま表わした。

 

彼の良心が生きているならば、すべての真実が明らかになる日、彼自らがその日を最も恥ずかしい日だと思うことだろう。



2017/03/28

W-CARP JAPAN 中四国ブロック長の声明書

CARPスタッフの皆様へ


私はW-CARP JAPAN 中四国ブロック長の〇〇昌洋と申します。

先日、フィリピンで開催されたGPCに参加して来ました。数日前に同じくブロック長として歩む〇岡ブロック長から発信されたCARPスタッフ宛ての手紙を読みましたが、私もその内容に同意します。


帰国してから、顯進様の大会に参加したという理由でブロック長の職務停止を言い渡されましたが、私としては天の前に何ら恥じることも負い目を感じることもなくむしろ神様の摂理が顯進様を中心に躍動感を持ってダイナミックに展開されていることを目の当たりにしてこの事実を多くの兄弟姉妹に伝えなければならないと思っています。


この数年間、CARPスタッフとして、とても悩み、大きなストレスを抱えながら歩んできました。私自身が信じることの出来ないことを語らざるを得ないあるいは沈黙せざるを得ない公的な立場に立っていることのストレスがあまりにも大きかったのです。


特に2年以上前に参加した2014年8月に韓国で行われた日本公職者の集会で耳にして以降、様々な場で語られるようになったお母様の独生女発言によって信仰的混乱を収拾できなくなりました。そして、2016年12月にはとうとう「真のお父様は原罪があり真のお母様が真のお父様の原罪をぬぐった」という、今までお父様から学んできた内容とは全く相入れない受け入れ難い内容をお母様が語られたことを知り、いよいよ神様の摂理の中で何か意味があってお母様はこのように語られているのかもしれないと整理しようとしていた私の許容範囲を越えてしまいました。


今では、毎週のように松濤本部の前で「お父様は原罪あり、お母様は原罪なし、これは本当ですか?」とプラカードを持ってデモをされている方々に対して、お父様は原罪がない立場でお生まれになった再臨主ですとはっきりと答えることのできない家庭連合の職員の姿を映像で観ながら、神の血統としてお生まれになった再臨主としてのお父様の位置とお母様の位置が完全に入れ代わってしまったことに対して沈黙し、容認していることに驚き、失望してしまいました。


神様の摂理はどうなってしまうのだろうかと悩み苦しむ中で、2009年の「束草事件」以降、家庭連合から排除されてしまわれた顯進様がどのような活動をされているのかを知る機会を得ました。


そして、かつてWーCARP会長として私達を指導して下さっていた頃と何もお変わりになっていないことを知りました。


身内であるはずの家庭連合から堕落したアダムなどと不名誉なレッテルを貼られ、激しく迫害される中、それでもお父様が成そうとされた偉業を完結なさる為に、南北統一に対して、真の家庭に対して、そして私たち祝福家庭に対しても責任を持って導いて下さろうと努力しておられることを知り、感動を禁じ得ませんでした。


そして今回、真の家庭における摂理的な長子が顯進様であり、今もその責任を果たしておられることをはっきりと理解しました。今回のフィリピンGPCにおいて語られた顯進様のメッセージ、カイン圏において築き上げて来られた基盤、そして言葉の端々に滲み出る動機の世界に触れる中、献身した2003年当時、顯進様と共にOFUGの実現に向けて何の疑いも迷いもなく燃えていた頃を思い出し、神様の摂理が顯進様と共にある事を確信し、本心が解放され、希望が心に満ち溢れ、神様と真の御父母様の偉業を成し遂げて差し上げたいという孝の心情が深まっていく体験をしました。


また、もう一つ印象に残ったのは、顯進様はお父様は勿論のこと、お母様やご子女様方一人ひとりを愛しておられ、決して裁かれることなく、また私達にも裁かないように念を押すように語られたことです。顯進様は迫害される立場にありながらも、統一運動内において展開される全ての問題に責任を持って解決しようとされています。深い愛と責任心情を持っておられる方であると改めて理解しました。


私は、今回のフィリピンGPCへの参加をきっかけに、無責任な立場で何もわからずに顯進様を否定する側に立ってしまっていたことに対する悔い改めと再出発を成すことが出来ました。

皆様も2000年以降に迎えた「父子協助時代」について、そして新しい時代圏を迎えるにあたり、統一運動内においてどのような葛藤と事件が展開されたのか、そして何よりも摂理的長子である顯進様と一つになる所に神様の摂理があり、また統一運動全体にとって救いと再生の道があることを知っていただければと思います。


2017.3.9.



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2017/03/25

徳野会長の対策講話に対する反論

徳野会長の対策講話に対する反論

2017325

CARP北日本ブロック長 芳岡隼介

 

2017228日から33日、私は顯進様のマニラでの大会に参加しました。そして35日にマニラ空港から、今まで共に歩んできたCARPのリーダー達へ一通目の手紙を送信しました。また、帰国後にはCARP会長、事務局長との面談をし、それを踏まえて38日には二通目の手紙を送信しました。それらの手紙の内容に関しては、すでに多くの方々がブログに掲載されているため、ネット上で読むことができます。

 

私が手紙を通して発表した声明に対して、39日に日本家庭連合の会長である徳野英治会長が全国のCARPリーダー、あるいはメンバーに向けて、対策のための講話をされました。そしてその講話を編集した映像を全国の教会に流し319日の礼拝時間に視聴するようにという指示が出たようです。私もその映像を観ました。

 

本来、CARPは家庭連合とは別組織であるはずですが、日本家庭連合のトップである徳野会長が一人の若造に過ぎない私への対策のために、わざわざCARPに向けてこのような講話をし、映像まで作って全国の教会に流すというのは、私にとって意外なことでした。しかしこのことは、いかに日本家庭連合本部が、私が手紙の中で指摘した問題に関して自信がないのか、そして慌てているのか、ということを改めて感じさせてくれる出来事でした。

 

私は徳野会長が対策映像を作ったことは、天が与えてくださった機会だと感じています。なぜならこのことによって、この問題に関心を持ってくださる食口の方々が増え、摂理的長子である顯進様があらゆる嘘と謀略によってお父様との関係を引き裂かれてしまったということを理解していただく機会となるからです。

 

心から感謝しつつ、徳野会長の対策講話への反論を述べたいと思います。今回はまず、お母様の「独生女」発言とそれに関連するお父様のみ言を中心に反論したいと思います。

 

一、徳野会長はお母様の「独生女」論と「クリスマス発言」に一言も触れていない。

 

さて、徳野会長の映像をご覧になった方は気づいておられるかも知れませんが、私の問題提起の中心ポイントがお母様の「独生女」発言であったにも関わらず、徳野会長は約90分にもわたる映像の中で、ただの一度も「独生女」という言葉を使っておられません。

 

昨年1225日と30日に、お母様はそれまで徐々に明らかにされてきた「独生女」発言の本当の意味を語られました(以下、「クリスマス発言」)。それは「私は生まれた時から原罪がない。お父様には兄弟がいる。お父様に原罪がなければお父様の兄弟たちも原罪がないではないのか?私には兄弟がいない。また、お父様には私生活がある。私にはそれがない。きれいだ」というものです。つまりこれは、「お母様は原罪なし、お父様は原罪あり」そして「お父様の、第一、第二のお母様との関係は私生活(堕落行為)であった」という意味になります。

 

このお母様の「クリスマス発言」が確実なものである根拠は、第一に昨年12月にお母様を離れてサンクチュアリ教会に行った姜ヒョンシル先生が、最近お母様が「クリスマス発言」と同じ内容を頻繁に語られるようになったことがお母様を離れた原因だ、とお話されていることです。第二には金ジンチュン講師が今年の2月に行われた孝情学術苑国際学術会議で発表した論文が、「クリスマス発言」と瓜二つであり、明らかにお母様の「クリスマス発言」を正統化しようとする内容であったことです。

 

講話の初めに、徳野会長は「お父様とお母様を分離して考えること自体が、非原理的であり、原理のイロハに反する。原理のABCがわかっていない。」と語られ、真のお父様と真のお母様が一体であるということは、私達の信仰の根幹であって、それを疑うことはナンセンスだ(つまり、考えるな)ということを重ねて強調されています。しかし、お母様がお父様と一つになられていない、ということが、他でもないお父様のみ言であるとすれば、どうでしょうか?徳野会長はお父様に対してすらも、「原理のイロハがわかっていない」と仰るのでしょうか?

 

私は手紙の中でお父様の三つのみ言を引用しましたが、徳野会長はそのうち一つについてだけ反論をされました。それが以下のみ言です。

 

l  お父様は、お母様に対して、第二のみ言を語ってはならないと教育された。

「伝統はただ一つ! 真のお父様を中心として! 他の誰かの、どんな話にも影響されてはいけません。先生が教えた御言と先生の原理の御言以外には、どんな話にも従ってはならないのです。今、先生を中心として、お母様を立てました。先生が霊界に行ったならば、 お母様を絶対中心として、絶対的に一つにならなければなりません。 

 今、お母様が行く道は、お父様が今まで立てた御言と説教集を中心として、行かなければならないのです。他の御言を述べるのを許しません。今度、韓国においても、御言絶対主義をとることができるように措置したのです。どのような御言も、第二の御言を許しません!『祝福85号』 P.68 「祝福二世の行くべき道」1994年12月24日 イーストガーデン19941224日の御言) 

 

このみ言に対する徳野会長の解釈は、「お父様が語られている通り、お父様が霊界に行かれた今、お母様を中心として一つにならなければならない」です。これは上のみ言の後半部分を無視した解釈だと思います。徳野会長はメンバーたちの前で、上のみ言を前半部分しか読み上げませんでした。

 

私の理解は後半部分を踏まえ、「お父様はお母様を中心に一つになれと仰っているが、その際お母様に対して、お父様の説教集を中心として、他の第二のみ言を語ってはいけないと仰っているので、原理と相容れない『独生女』論を語られるお母様を中心に一つになってはいけない」です。

 

皆さんは客観的に、どちらがより正しい理解だと思われるでしょうか?

 

また、徳野会長は残りの二つのみ言に対しては反論されず、「お父様のみ言は引用する人の動機と目的によって、どのようにでも利用できる」という一言で片づけてしまわれました。せっかくですから、それらも改めて紹介しておきます。

 

l  お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。

「お母様にも話して見ろと言うのです、むやみに暮らすかと。お母様も38度線を越えなければなりません。あなたはあなたが行くべき道があり、私は私なりに行くべき道があるといって行ってみろというのです。分裂しました。1パーセント、0.数パーセントの差があっても分裂するのです。天国の門に一緒に入らなければなりません。…(中略)…『先生は堕落の血統を相続したか、きれいな血統を相続したのか』と聞くのです。皆さんはそのように言う自信がありますか。…(中略)…原理の解釈も出来ない人が何、先生が純潔か、何とか潔かと。私がそれを知っているのでこの場に出てこないようにしました。そこに行かないようにしました。醜いことを知っているので、なに、先生の血統が何、どうだと?堕落前に血統を汚したか?(み言葉選集第608303ページ、2009228)

 

l  お父様は、聖和される50日ほど前に、お母様が自分勝手にやって、真の母が不在であると語られた。

「オモニを私が育ててきたよ。オモニはいません。文総裁の妻の位置もいません。自分勝手にやっている!!自分勝手に。ん。」(アベル女性UN創設大会2012716日)

 

このように、お父様のみ言を見れば、お母様がお父様の血統を疑っておられることを危険視され、さらに真の母の不在まで言及されているにも関わらず、徳野会長は「独生女」論と「クリスマス発言」に対する言及は徹底的に避けつつ、「お父様とお母様を分離して考えること自体が、非原理的であり、原理のイロハに反する。原理のABCがわかっていない。」と語っています。

 

二、徳野会長は私のイメージを下げるために、明らかな嘘を語っている。

 

さらに徳野会長は、私のイメージを下げるために、一つの明らかな嘘を語られています。

徳野会長は私の声明に関して次のように語っています。

 

「半分は彼が書いている、あとの半分は既に彼の手を離れています。彼がすぐに入手できるようなみ言の教材、情報源ではない情報源がちゃんと書いてあります。しかもそれはUCIがいつも言っている内容と同じ内容です。つまり、UCIサイドが自分たちの考えを正当化するために使うみ言の根拠、それがそのまま出ています。」

 

私の声明は100%私の手によって書いたものであり、徳野会長のこの言葉は明らかな嘘です。私が引用した程度のみ言は今や、インターネットで誰でも調べることができるものです。CARPの本山会長は、過去に私が作った何本もの意見書を読まれましたので、私がこういう文章を何度も書いてきたことをご存じです。

 

また、私が顯進様サイドの情報だけを聴いているというのも嘘です。私は松濤本部に四回も質問文を提出し、三回目までは回答をいただきましたので、家庭連合サイドの意見もしっかり聞いています。しかしその回答に全く説得力がなかったということなのです。そして四回目の回答は「答えられない」ということだったのですから、説得力があるはずがありません。徳野会長も私が質問文をしつこく送ってきたことをよくご存じだったので、以前から私をブロック長から早く降ろすようにと、本山会長に仰っていたのではありませんか?

 

そういうことを良くご存じであるにも関わらず、徳野会長は私のイメージを下げるために、あたかも私が一方だけの話を聞き、偏った情報のみに主管されたり、誰かの言いなりになっていたりするかのような言い方をされています。

 

さらに、私が「郭炳憲教会長の影響を受けた」と語っていますが、これも大袈裟です。私はマニラに行くまでネット上の郭炳憲教会長の声明文を読んだというだけで、電話で話したことも、メールをやり取りしたこともありませんでしたし、どなたなのかも知りませんでした。マニラでお会いし、実は過去に拝見したことのあるお顔だったことがわかったという関係性でしかありませんでした。

 

しいて言えば、私が最も影響を受けたのは、お父様のお母様に関するみ言、映像を通して観た顯進様の涙の祈祷と活動内容です。また、松濤本部が「独生女」論に対する質問に答えられない姿、そしてお母様の「クリスマス発言」による影響で、マニラに行かなければならないと決断したのです。

 

徳野会長は今回、私が何かに洗脳されているかのようなイメージを広めるために、このようにすぐにバレる嘘をなりふり構わず映像にしてしまうというミスを犯してしまわれました。

 

三、み言より実体が優先であるという主張は詭弁である。

 

徳野会長は「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」の出発時にお父様が語られた内容に関して、「その時にお父様が何とおっしゃったかというと、実体がみ言に優先する、実体がみ言に優先する、真の父母という実体が、ある意味においてはみ言以上に大事だということなんです。」と語っています。

 

本然のアダムとエバにおいて完成した実体が先にあり、そこからみ言が出てくるという話ならばその通りだと思いますが、徳野会長はこのみ言をご自分の主張を通すために都合よく利用されています。

 

つまり、徳野会長によれば、お母様という実体がみ言よりも優先であるため、芳岡が引用するみ言の中で、お父様がお母様をどのように言われていようが、あるいはお母様がお父様のみ言と違うように思える「独生女」の話をされようが、お父様は原罪があったと話されようが、結局はみ言よりも実体が優先なので、お母様を疑う必要はない、という風に曲解されています。これは完全なる誤魔化しです。

 

徳野会長は、「真の子女様にも5%の責任分担があります」と語られますが、お母様にも神様から期待される真の母としての5%の責任分担があるはずです。その責任分担の内容を、お父様はお母様に向けてみ言を通して示されています。

 

ですから、真の母の立場にあるというだけで、お父様の「第二の御言を許しません」というみ言を無視して、「クリスマス発言」のようなことまでも語られてしまっては、お母様は神様が期待される真の母としての責任分担を果たせない立場に陥ってしまわれます。この点を徳野会長は誤魔化しておられるのです。

 

ちなみに「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」の講演文の中で、家庭連合がよく引用する部分があります。

 

「皆様!2010 天暦5 8 午前2 20 分と5 15 日午前3 25 、このように両日にかけてアメリカのラスベガスにおいて神様を中心とした天地人真の父母様の特別宣布が行われました。…(中略)…すでに真の父母様御夫妻は最終一体をなして、完成、完結、完了の基準で、全体、全般、全権、全能の時代を奉献宣布されたのです。」

 

ここでお父様が「真の父母様御夫妻は最終一体をなして」と語られているので、家庭連合はいつも、お母様はお父様と一体であり、それを疑う必要はないと主張してきました。しかし実はこのみ言は、家庭連合の主張とは反対に、お父様とお母様がその時点では一つになられていないことをお父様が明らかにされたものだったのです。大会の講演文で語られた上の内容を、お父様が訓読会の場で解説されたのが以下のみ言です。

 

天暦2010515日、その日が重要です。それがお母さんとお父さんが最後に宣言した秘密文書です。これは昼夜の神様も知らないものです。天暦2010515日午前335分とは何なのか。その時の出来事を中心に、その後の方針を密かにお母さんと約束しました。間違いなく、お母さんがお父さんと一体となって歩むと約束した時間です。それまでは、お母さんがお父さんと一つになって行くという話をしませんでした。神様と世界に公布できませんでした。それを公布した時間が、天暦2010515日午前325分でした。この325分が重要です。」(『統一世界』2010.6,Vol.473.10.2010.7.1.

 

このように、講演文にも出てくる「天歴2010515日午前325分」に、それまでお父様と一つになると仰らなかったお母様が、これからは一つになると「約束した」ということです。その約束ゆえに「最終一体」を宣布できたのであって、約束が果たされるまで本当の意味で一体とは言えないということです。それで、その約束(お母様がお父様と一つになる)はその後、その通りに果たされなければなりませんが、残念ながら、2012716日、お父様の地上における最後の大会となったアベル女性UN創設大会でのお父様のみ言が以下なのです。

 

「オモニを私が育ててきたよ。オモニはいません。文総裁の妻の位置もいません。自分勝手にやっている!!自分勝手に。ん。」(アベル女性UN創設大会2012716日)

 

もしもお母様はすでにすべてを勝利されお父様と完全に一体となられているのであれば、お父様が聖和の50日前に、真の母の不在を語られるのでしょうか?

 

四、結論

 

私は徳野会長の対策講話映像を観て、かえって一つの思いを強くしました。それは、徳野会長はお母様の「クリスマス発言」を通して、今まで家庭連合本部が主張してきた「お父様とお母様は一体である」ということに対して、確信が無くなってきている、ということです。

 

・「独生女」と「クリスマス発言」についてただの一言も言及しない。

・「第二の御言を許しません!」というみ言を分かりやすく無視している。

・反論できないみ言については、「み言は引用する人の動機と目的によってどのようにでも利用できる」「み言より実体が優先である」と無効化しようとする。

・私に対するイメージを下げるために、なりふり構わず明らかな嘘を語っている。

 

という部分にそのことがよく表れています。

 

もしも徳野会長が本当に、お母様はお父様と完全に一体であられ、すべての責任を果たした実体でいらっしゃるので、お父様のどんなみ言よりも、お母様の実体を優先すべきだと確信をもっておられるのならば、お母様の「独生女」のお話、そして「クリスマス発言」こそ、「これこそがお母様の最新のみ言です。新しい真理です。」とすべての食口に向けて教育すべきであり、私への対策講話もそのことが中心になるべきです。徳野会長もお父様のみ言よりも実体のお母様を優先し、「お父様には原罪がありました」と堂々と語るべきなのではないでしょうか?

 

徳野会長は対策講話の中で、真のお父様と顯進様との関係性に問題があり、顯進様が真のお父様に対して不従順であったということを語られました。しかし問題は真のお父様と顯進様の関係性にあったのではありません。本当の問題の核心は真のお父様と真のお母様の関係性にあったのであり、そのことが「クリスマス発言」(お父様の血統を否定)を通して明らかになったのです。

 

『原理講論』にはモーセ路程の教訓として、「大きな使命を担う人物であればあるほど、彼を試みる試練もまた、それに比例して大きい」とあります。小さな私達が、その小さな使命を果たすことも難しいことですが、偉大なお母様が、その大きな使命を果たすことも、同様に難しいことであるはずです。お母様だから試練が無いわけでもなく、お母様だから無条件に勝利されるわけでもありません。まして、真の母の立場は度重なる失敗による蕩減が加重されているのです。私達は、お母様の背負われている荷物がどれ程重いものなのかを、真剣に考えて差し上げなければなりません。

 

徳野会長は、日本の食口全体を代表してお母様に侍る立場にいらっしゃいます。お母様が試練に遭われ、「独生女」論を語られながら、お父様の血統を否定し、真の母としての責任分担を果たせない立場に陥ってしまわれる前に、どうかお母様に本当の孝の心情で侍っていただきたいのです。お母様の「クリスマス発言」を通して、本当はもう、分かっていらっしゃるはずです。

 

また、真の父母様と真の家庭を愛する食口の方々、お一人お一人に、このような機会を通じて深く祈り、考えていただければ幸いです。




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